どこまでもうそっぱちですがリアリティが求められてるわけはないのでまあいいか
 シーザーがそのアルバイトを始めたのは、単純に割がいいからだった。
 世間的にどういう扱いを受ける職種なのかを知らないわけではないが、職業に貴賎なしという思いも強い。所詮学生のアルバイトだと言い訳する気持ちもある。なにより、仕事を選んでいられるほどの余裕がある身の上ではないというのが大きかった。

 仕事は簡単だ。電話一本で呼び出され、ホテルまで赴き、望まれることをする。デリバリーヘルスというのが男性相手のものだというのは思い込みで、言われてみれば女性にも同じサービスがあっていい。彼女たちが求めるのはセックスそのものよりも、愛されているという実感らしかった。自分には抱かれるだけの価値があると再確認するための行為なのだろう。ふさぐ女性を優しく慰めるのはシーザーの常であったから、案外性に合っているのかもしれなかった。

 シーザーと抱き合った女性はたいてい一度で終わる。顧客を失望させているからではなく、仲介する店の側が同じ客に当たらないよう割り振りしているらしかった。確かに、痴情のもつれというのはあまりよろしくない。指名できるシステムもあるのだが、通常の料金よりもぐっと高い値段をふっかけられるので利用する客はほとんどいないと聞いた。

 この仕事はとても割がいい。ほとんど深夜帯であるのが難点だが、大学や他のアルバイトを終え、空いた2、3時間で少なくない額が手渡されるのは非常にありがたかった。バイトを始めてから二ヶ月、斡旋する店からの電話をいつものように受けたシーザーは首を傾げる。今回の指定はホテルではなく客の自宅である。珍しい、というよりも初めてのことにわずかな緊張を覚えた。
 得体のしれない風俗店に自宅を教えるような客は少ない。すでに店が裏を取っていて、でたらめな住所に呼び出されているのではないことは証明されている。なにかあったらすぐ逃げて来なさい、と念を押されて電話越しに頷いた。のこのこと赴いて部屋の中で待ち構えていたのは犯罪組織でした、なんてことになってはシーザー自身も店も大弱りである。
 指定されたマンションは身元がしっかりしていないと入居できないと噂される立派なものだったから、心配するスタッフに承諾を伝えて通話を切った。

 自宅から電車で二駅、そこからタクシーに乗る。交通費は客に請求できるので気兼ねはなかった。たどり着いた先は荘厳な装飾の施されたマンションで、家賃を考えるだけで気が遠くなるに違いない。見上げる首の痛みにシーザーは正面のエントランスに視線を戻す。住人全員が利用するそこに長居されては困るだろう、という店の配慮であらかじめ合図が取り決められていた。部屋番号を確かめて呼び鈴を押すこと2回、間隔をあけてもう一度鳴らす。インターフォンが通じることもなく目の前の透明なドアが開いてほっとした。
 エントランスには四角い郵便受けが並んでいるが、プライバシーを気にしてか表札がかかっているものは少ない。シーザーを呼び出した部屋の主は少数派のほうで、部屋番号の横に「JOJO」と書かれた紙が挟まっていた。ジョジョ、と口の中で転がして共用エレベーターのボタンを押す。当然だが依頼主の名前は知らない。シーザーの名前を教えることもまれだった。

 エレベーターが到着したのは34階で、廊下の窓から見える夜景にくらくらする思いだった。廊下もエレベーターも厚い絨毯が引かれ、汚してしまわないか気にしながら指定の部屋まで進む。こんなところに住むのはどんな相手だろうか、少なくとも失恋したてでなけなしの小遣いを握りしめた学生などではないのは間違いなかった。シーザーの中に年齢による女性の区別は存在しなかったが、住む世界の違う相手というのは少なからず腰が引ける。何度も部屋番号を確認してからドアの横の呼び鈴を押した。

 今度もインターフォンがつながることはなく、ドアの向こうで人の気配がする。数歩分の足音とほとんど同時に目の前のドアが開き、その勢いにシーザーは少々面食らった。

「遅かったじゃねえのカワイコちゃ……あれ?」

 出てきたのは富豪の女性などではなく、パーカーを羽織ったでかい男だった。……男。どう見ても、女性とは間違えようもないシルエットだ。
 あまりに思いがけない展開に何度もまばたきを繰り返すが、いくらやっても目の前の光景は変わらない。わずかな沈黙を置いて二人分の大声が厚い絨毯に落ちた。



 部屋の主の説明にシーザーはうなだれた。ブルネットを跳ねさせたこの男はゲイではなく、かわいい女の子を呼ぼうとして電話をかけ「金髪のおすすめの子がいますよ」という売り文句に釣られてデリヘル嬢の到着を待っていたのだという。どこかで拾ってきたとおぼしきピンクチラシには、形式上シーザーが勤める店、の姉妹店の番号が載っていた。
 そこは若い男性向けに女性のヘルス嬢を紹介する店で、男は「最後の一桁だけ番号が違うとか詐欺だろ!」と怒っていた。そもそもシーザーの雇用主である店は男性スタッフしかおらず、風俗業の中でも特殊な形態なのだからそれ一本で営業していけるはずがない。一般の風俗、つまり女性のヘルス嬢を抱える姉妹店と共同して経営することで細々とつないでいるのだから番号が似ているのはごく当然だった。

 シーザーもこの現状に驚いて店に電話したが「ああ、紹介したよ。君、男性客もOKって契約時に言ってたよね」と冷たくあしらわれて終わった。そういえばそんなこともあった気がする。契約時の書類で「男性客OK」にチェックをつければ時給が100円アップすると聞いて、貧乏学生であるシーザーは一も二もなく飛びついたのだった。

 そのときだって深く考えたわけではない。実際に相手するのが女性客であっても時給アップは有効だと聞き、これを逃す手はないと思っただけなのだが、今となっては悔やまれる判断だ。シーザーに同性愛の性癖はないし、今まで想像したこともない。これが店側の手配ミスならすぐに飛び出すこともできるのだが、書類にチェックを入れたのは自分であり、契約に基づいて紹介されたのであるからどこにも文句をぶつける余地はなかった。むしろ、金髪美女がやってくると聞いて待ち構えていた正面の男のほうがよっぽど不満そうだ。

「やっぱり詐欺じゃねェの? おれ、男を呼んでくれなんて頼んでねえんだけど」
「それはお前のミスだろう。店もおれも、注文にこたえたまでだ」

 内心には思うところはあるもののあえて冷たく返す。客相手には丁寧に尽くしてきたシーザーだが、それは女性の場合だけだ。ごつい男を甘やかす趣味はないし、出会い頭から「マジかよ」「ふざけてんの」と文句を並べられては敬意を払うつもりもない。ついでに、早いところ追い出してくれないかと思っていた。それが互いのためだ。
 ぶつぶつとこぼす男は椅子の上ですっかり背を丸めている。その子どもっぽい振る舞いに笑いながら、「お望みの相手じゃなくて悪かったな。帰ってもいいか」と切り出した。

「なにそれ。帰んの?」
「そりゃあ、おれは女の子じゃないからな。お前の要望には応えられん。ああでも、交通費と前金は貰わなくちゃならんな。でなきゃおれが店に怒られる」

 シーザーと店の関係はまさしく仲介者でしかなく、報酬は客から直接受け取る。その額は店も把握しているから、仲介料として何割かを後日店側に支払う仕組みになっていた。客に気に入られれば規定額以上のチップを貰えるので精を出す者もいると聞いたが、シーザーは今まで女性たちから余分な金を受け取ったことはない。労働の対価としては十分すぎる額を受け取っているのだから、それ以上はほかのことに使ってほしいというのが彼の思いだった。

 さておき、本来のお役目を果たしてはいないもののシーザーが時間を割いたことは確かでありそこには報酬が発生する。客がキャンセルした場合の前金はほとんどが店の取り分だが、交通費と合わせて支払ってもらわなくてはシーザーが身銭を切ることになるだろう。素直に従ってくれよ、と思いながら前金の料金表を探してズボンのポケットに視線を落とした。

「……じゃ、いーや」
「そういうわけにもいかない。キャンセルでも前金は貰うという約束で……」

 ポケットを探りながら返したシーザーは前から強く手を引かれてつんのめった。危ない、と思ったときには目の前の椅子に座る男に抱きつくようなかたちで倒れこんでいる。ポケットに入れた片手が動かせないまま視線だけで見上げれば、男の唇は弧を描いて持ち上がっていた。

「キャンセルはしない、って言ったんだぜ。呼ばれたんだからちゃーんとお仕事してってよ、なあ?」

 男の言葉がとっさに飲み込めずにまばたきする。は、と間抜けな声を上げてからこの部屋のドアはオートロックだったことを思い出した。



 立派なマンションの立派な部屋には立派なベッドが置かれていた。広い寝室は他の内装も豪華だろうに、惜しむらくはシーザーにそれを堪能する余裕がないことだった。
 男はシーザーを引きずるようにベッドルームまで運び、女性に対してするように組み敷いた。「男同士のエッチもけっこうイイって聞くぜ?」と目を細める表情はおもちゃを前にした子どもと変わらず、逃げ出そうとしたシーザーは「職務放棄かよ」とすごまれてその動きを止めた。
 客側ではなく、シーザーたちスタッフ側の都合によるキャンセルは重い違約金が課せられる。これまでの稼ぎをすべて吐き出してもまだ足りない額を脳裏に描いたシーザーは己の逃げ場がないことに気づいた。同性での性行為など当然嫌がられるだろうと思っていたのに、若い好奇心の前では冒険のひとつにすりかわるらしい。男が追い返してくれるという唯一の希望を失い、シーザーの白い肌がさらに白くなった。

 間の悪いことに、シーザーが持ってきた鞄には性行為で使われる道具がさまざま入っていた。それは店から無償貸与されているものなのだが、おかげで潤滑油に頭を悩ませることもなくあっさりと貫かれた。実際にはあっさりなどではなく、シーザーの目には苦悶と拒絶による涙が浮かんでいたのだが、その程度の抵抗を男が気に留めるはずもない。突っ込んで、吐き出して、男性としてのセックスを楽しんだ男は満ち足りたようにベッドに沈む。女のように、いやそれよりはだいぶ手荒に扱われたシーザーは涙がこぼれ出さないようにこらえるのが精一杯で、規定の料金をふんだくったあと転がるように部屋を出た。
 慣れない行為に体も心も揺れ、マンションから大通りに出るまでの間に実際転んだ。クソッ、と毒づいて歩き出す。情けなさに胸の内が荒れ狂っていたが、手にした現金を投げ捨てることができるはずもなかった。



 最低の夜から2週間後、同じ住所に呼び出されたシーザーはほとんど泣き出したい気持ちでインターフォンを押した。
 偶然で同じ客に二度当たることはない。彼に仕事をもたらす店からの電話で、これは名指しでの依頼だと聞いていた。

 シーザーもそこまで愚かではないから、この2週間のうちに仲介者である店側に契約の変更を申し出ていた。具体的には、女性客しか相手にしないという申請だ。
 電話越しに彼の要望を聞いた年かさの従業員は「構わないけども、今まで時給に上乗せしていたぶんを返してもらうことになるよ」と気の毒そうに答えた。携帯電話を握りしめたまま立ち尽くすシーザーは一瞬に計算をめぐらし、長い逡巡のあと契約はそのままでいい、と低く呟いて通話を切る。

 店の言い分もわからないではなかった。男性客が相手でも構わないという約束だから報酬に色がついていたのだし、その契約に変更があるのなら差額を返さなければならないことも理解できる。しかし、アルバイトの収入がそのまま生活費になっているシーザーにまとまった金が用意できるわけはなかった。

 数日は悩んでいたシーザーだったが、今後はシフトを減らして依頼を受けないようにすればすむ話だと前向きに考えるようになった。もともと男性相手にデリバリーヘルスを頼む客は少ないし、客が同性であることはもっと少ない。実際、あのときが初めてだったのだ。
 女性客からの依頼しか来なければ、今までどおり上乗せされた時給で働き続けることができる。シフトを減らすぶんは他のバイトで埋めることにして、その旨を店に伝えると今度はあっさり受理された。しばらくは常よりもさらに苦しい生活になるが身の安全のほうが大切だと心を固めた、その矢先のことだった。

 どたどたと慌ただしい足音が聞こえたかと思うとドアが開く。再会した男はわずかに目を細めて「来たんだ」と言った。

「……お前が呼びつけたんだろうが」

 2週間前のことを思い出して自然と苦々しい口調になる。シーザーの姿が人目については困るのはお互い様なので、男の太い腕を押しのけて扉の内側に入った。思い出したようにチェーンをかける男が扉に手を伸ばし、自然と二人の距離も縮まる。一瞬息を詰めるシーザーにも気づかず、男は気軽に室内へ招いた。

「……なんでおれを呼んだ」
「ホワッツ? デリヘル嬢を呼ぶのに理由なんているわけ? ああ、あんたは嬢じゃないけどな」

 絞り出した質問を反対に聞き返されてシーザーはぐっと唇を結んだ。男の言い分ももっともで、わざわざ理由を聞いたところでナンセンスでしかない。
 この男は溜まったからデリバリーヘルスの番号を選んで、シーザーを呼び出したのもとくに理由があるわけではないのだろう。女性役をやらされるシーザーとは違い、彼は穴に突っ込んで、吐き出すだけだ。女性相手でもアナルセックスを好む性癖なのかもしれない、と視線だけで邪推した。知るよしもないことだし、知る必要もないことだ。
 彼はシーザーを呼び出し、シーザーは言われるままに自身の時間と体を売る、それだけだ。

「……おれじゃなくても、女性を呼べばいいだろう。そっちの店の番号は教えたよな。一度顔を見た相手の方が安心できるのかもしれんが、うちの系列は詐欺のたぐいとも縁がないし、魅力的なシニョリーナが……」
「ストーップ、おれはそんな話がしたくておめーを呼んだんじゃねえぜ」

 おおげさな仕草で話を遮られ、シーザーの口がはんぱな形で開いたまま固まる。見上げる位置にある男の瞳はまっすぐにシーザーを映し、その視線から逃げるように顔をそむけた。構わずに距離を詰めた男が所在なく垂らしたままの手を取る。そこから感じる体温にぐっと唇を噛んだ。

 この仕事も、この男と顔を合わせるのも、初めてではない。それでもおそれやためらいが消えるわけではなかった。むしろ、前回の記憶があるぶん今すぐ逃げ出したいと思っている。そうしないのはただ、この数時間ぶんの報酬がなくては生きていけないからだ。
 遠く離れた故郷で暮らす妹たちの顔を思い浮かべて自分に言い聞かせる。まだ働ける年齢でない彼女たちがすこやかに育つためにはわずかでも多くの金が必要だった。今回はこの男が相手を指名したのだから、シーザーの懐に入る金はいつもよりもずっと多くなる。それだけを支えに、鉛のように重たい口を開いた。

「……脱げばいいのか」

 ベッドルームにはすでにカーテンが引かれている。ムーディーな照明ではなく、本を読めるくらいの明るさの中で男が二人こんなことを言っているのは間が抜けているようにも感じられた。叫び出したいような衝動をこらえたシーザーの声が聞こえていないかのごとく男がくるりと歩き出し、大きなベッドにドサリと腰かける。つくづくひとの神経を逆撫でしやがる、と思いながらもシーザーは息をひそめて相手の反応を待つしかなかった。

「まだいい。今日は、舐めて?」

 無邪気にも見える笑顔とともに男が自らの股間を指し示す。一瞬でわきあがる荒い感情をどうにか押さえこむことができたのだから妹というのは偉大だ。具体的な言葉がなくてもさすがに伝わる。シーザーに、口で奉仕しろと言っているのだ。
 女性相手なら何度も、仕事としてもそれなりの回数をこなしてきた。それが男となると話は別だ。たとえ自分にも同じものがついているとしても、あるいはだからこそ、ほとんど拷問の域である。ペニスを咥えるなど想像したこともなく、いっそ男に抱かれるよりも耐えがたい行為かもしれなかった。

 それでもシーザーに選択する余地はなかった。スカトロやSMのような特殊嗜好は追加料金を要求したり、スタッフの契約によっては断れるのだが、口淫のように言ってしまえばありふれた行為は拒否できない。それをすれば違約金を課されるのは自分だからだ。それをわかっていて男は「できないの?」とニヤニヤしている。違約金さえなければ、たとえ今晩の報酬が吹っ飛んだとしてもこの男を殴ってやるのに。苦しいほどの屈辱に拳を握りしめながらシーザーは男の前に膝をついた。

 わざとらしく驚いてみせる相手の態度にも反応しないよう自分に言い聞かせる。デニムのジッパーを下ろし、性器を手にする瞬間にはどうしてもためらいが生まれた。怖気づいているところを見せるのはどうにも癪で、無表情を取り繕う。取り出したそれはまだやわらかく重みを感じる。よく考えれば、前回は抵抗する隙もないまま突っ込まれたから相手の体などほとんど見ていなかった。グロテスクなそれにシーザーの頭の中では警鐘が鳴り続けている。ガンガンと響く音を無視し、支えるための手を動かした。

 相手の年齢は知らないが、若い男であることは間違いがない。もてあましたエネルギーはこすられるだけでたちまちに硬度を増した。膨らんだペニスは赤黒く震え、ますますシーザーの恐怖を煽る。あとにはひけないことをよくわかっているシーザーは先端にそっと唇を寄せた。
 割れ目をなぞると苦いようなしびれが残る。うかがうように男を見上げれば優越感を乗せた笑みにぶつかった。男からすれば、もの慣れた女性に相手させるよりも同性の方が征服欲を刺激するのかもしれない。「それだけ?」と馬鹿にされてより深くまで飲み込んだ。

 己の置かれている状況を思うと泣きたくなる。なにも考えないようにつとめながら、シーザーはやみくもに吸いついた。犬が皿を舐めているようだ、と頭の後ろで自嘲が聞こえる。テクニックも何もない単調な動きでも相手が萎えることはなく、それどころかわずかずつ大きくなっているような気がした。案外経験がないのかもしれないな、と目の前の男を値踏みする。シーザーにとってはありがたいことだ。
 こんな奉仕は初めてだから勝手などわからないが、届く限りに舌を伸ばし、頬の粘膜にこすりつけるように頭を動かす。閉じられない唇から唾液が伝うのがみっともなく思えた。尖らせた舌先でくびれをなぞると小さな声が聞こえる。わけもなく勝った気になって、同じところを繰り返し責めた。

「……っは、やればできんじゃねーの……」

 どこかくやしがるような男の声に目だけを動かす。当然なのだろうが男の視線は奉仕を受ける自身に注がれており、咥えながら見上げたシーザーとまともに見つめ合った。みっともなく涎を垂らすさまを見られていたと知り、シーザーは慌てて体を離そうとする。いまさらのような羞恥に体が熱くなった。
 男からすれば口淫を中断させられるのが不満なのか、大きな手に後頭部を掴まれる。押さえこまれてしまえば身動きは取れなかった。

「勝手にやめないでくれるゥ? ま、こっちでやらせてもらうけど」

 なにを、と思う間もなく奥まで突きこまれてシーザーの口から濁った悲鳴が漏れた。頭を前後に揺すられ、それに合わせて性器が口の中をぐちゃぐちゃに犯していく。相手への気遣いが欠如した行為は息苦しいばかりで、こらえたはずの涙がこぼれた。
 手荒い行為の中でも相手に歯を立てないように、それだけを考えて必死に口を開く。シーザーの努力の甲斐あって、解放はすぐに訪れた。浅い呼吸の男が腰を進め、一層深くまで咥え込まされる。生理的な反応として喉が収縮するのが悦いのか、熱い液体が注がれた。

「……ふっ、ンン〜……!」

 頭を押さえつける手は離れず、粘ついた液体を喉で受け止める。耐えがたい苦痛に、噛みついてやろうかと捨て鉢な思考が生まれたころに長大なペニスが去っていった。やっと自由になった呼吸は精液が絡みついてうまく働かない。口の中に残る液体を吐き出してやりたくても、床が汚れることを思えば飲み下すしかないだろう。ここがホテルならよかった、と思ったのは初めてだった。

 水分を浮かべた目で、それでも何も言わずに飲み込んだシーザーに男は馬鹿っぽい口笛を降らせた。今日がシーザーの人生で最悪な日になることは疑いがない。初めてのフェラチオとイラマチオを強要され、屈辱に胃が焼けそうだった。濡れた唇を親指で撫でられても何も感じない。それでも嵐が去った安堵に、ベッドに寝かされてもほとんど放心していた。
 うつぶせの下肢に触れられて意識が戻る。器用にスラックスを脱がせる男に慌てて上体をひねった。

「待て、今日はもう……」
「ハァ? あんなの前戯だろ、お楽しみはこれからだっての」

 言う間に下半身の布を取り去られ、濡れた感触が押し当てられる。尻に性器の熱を感じてシーザーはもがいた。それを上から押さえつけられ、きわどいところを指で探られる。冷たいローションとともに異物が入り込む感覚に小さく喉が鳴った。

「…………あれ?」

 後孔に指を突っ込んだ男が間抜けな声を上げる。それだけならかわいげがあったかもしれないのを、遠慮なくかき回されてシーザーの指がシーツを掻いた。なにか言う前に圧迫感が大きくなって背筋が震える。二本目の指を差し入れながら男はまだ確かめるように内側を撫でていた。

「……っ、来る前、に……慣らしてきた……」
「え?」

 好き勝手に動かされる指から逃げたくて口にしたのを、問い返されてなんだかとてつもなく恥ずかしく感じる。強引に貫かれて苦しいのはシーザー自身であるから、すこしでもましになるようにと家を出る前に慣らしていた。
 それだって男に抱かれたいわけではなく、あくまで自衛としての方策なのだが彼に通じただろうか。シーザーが不安を浮かべるのと同時に指が引きぬかれ、気の抜けたようなため息が漏れる。腹に手が回ったと思えば腰を持ち上げられ、うつぶせのまま膝をつく格好に悪い予感が駆けめぐった。

「……なーんだ、おめーも期待してたんじゃねえの」
「ざけんな、もう気は済ん……、っ!」

 シーザーの言葉など聞いていないように熱い塊が入り込んでくる。体の内側を広げられる感覚に強く唇を噛んだ。いつの間にか、シーツの上にはスキンの空袋が転がっている。それくらいの分別はあるんだな、と前回も評価したのを思い出した。
 事前に慣らしたとはいえ、男性器を受け入れるのはそうとうの負担だった。それも、平均よりも大きいサイズであろう男のものであればなおさらだ。勝手に浅くなる呼吸を繰り返し、足りない酸素を必死に求める。
 シーツに顔を埋めるシーザーにとって、この表情を見られずに済むのは救いだと思えた。こんな情けない顔を見られたら、きっと相手の男はたちまちに萎えてしまうだろう。どれほどいけ好かないやつでも顧客であることは間違いないのだから、悲鳴のような声も飲み込んだ。

 まだ先があるのかと思うほど長い性器がずるずると押し込まれる。尻に男の腰が触れるのを感じ、シーザーはそっと息をついた。まるっきり串刺しにされたようで、指を動かすのさえ苦しい。懸命に呼吸を整えようとするのにも構わず、いきなり腰を動かされてうわずった声がこぼれた。

「っ、あ……! まだ、動くなぁ……ッ」
「それはねえんじゃねえ……、っの」
「ぅあっ、ん……!」

 途中まで抜かれたものをまた突き入れられてたまらず声が出る。押し上げられたぶん声帯が震えるというだけなのに、まるで喜んでいるようで滑稽だと思った。前回のような苦しさはないが、もたらされる圧迫感に全身が緊張している。早く終わらせてくれ、と願うシーザーをよそに男は緩慢に腰を振るだけだった。
 半ば引きぬかれ、かさの張った部分が浅いところを何度も往復する。背を丸めるシーザーはそれにただ耐えていたが、幾度めかのときに小さく背を震わせた。なにか、くすぐったいようなもどかしいような、妙な感覚を覚える。その理由に思い至る前に強い電流がシーザーを駆け抜けた。

「ああっ……!? なんっ、やめろ……!」

 あるところをこすられると全身から力が抜ける。その一方で体の末端まで燃えるように心臓が波打っていた。視界に星が飛び、頭の中がぐちゃぐちゃにかきまぜられるような錯覚すら覚える。
 認めたくないが、それはまぎれもない快感だった。

「イイトコ、見つけちゃった?」
「……っに、して……っ、ひ……!」
「ちゃーんと調べたんだぜ。男でも、こっちで気持ちよくなれるんだってよ」

 うつぶせのシーザーに相手の顔は見えないが、得意げな口調に想像できた。シーザーも知識としては知っている。前立腺を刺激される快感をごく健全な、女性に奉仕するばかりのセックスを経験してきた彼が身を持って知るのはもちろん初めてだった。
 背筋を駆け上がる悪寒のような快感にきれぎれの喘ぎが生まれる。その声には苦悶によるものではなく、なにかほかの色が乗っていることを認めないわけにはいかなかった。シーザーの反応が顕著に変わるところを見つけた男はそこばかりを狙って突いてくる。触れられていない性器が膨らんでいることを自覚して泣き出したかった。

「あ、んぁっ! そこ、ばっかり……!」
「気持ちいいんだろ? 中、きゅんきゅんしてるぜ」

 得意気に言われて返す言葉もない。浅く抜き差しされるたび、下腹に溜まった熱が重くなっていく。気持ちいい。だが、それだけだ。到底それだけでは達せそうにない。頭を痺れさせるようなもどかしい刺激に、シーツに頬をつけたシーザーは手を伸ばして性器を握った。
 後ろからはからかうような声が聞こえたが、無視して手を動かす。客への奉仕につながらない行為だというのに男は制止しなかった。前をしごくたび、ぴったりとふさがれた後孔が収縮するのを感じる。ふいに奥まで突かれてシーザーの背が反った。

「あっ!? ふか、っあぁ……!」
「すげ……、きもちー……」

 ため息のようにこぼす男はシーザーの上に覆いかぶさり、好き勝手に腰を振った。前回と違うのは、その蹂躙の中にシーザーが快感を見つけてしまっていることだ。知らない感覚がじわじわと大きくなり、なにも考えられなくなる。スキンに包まれた性器が脈打つのを体の奥で感じ、シーザーも自分の手に精液を吐き出した。



 それからシーザーがこのマンションを訪れるのは習慣になった。
 バイトのシフトは最低の週1日しか入れていないのに、必ずあの男がシーザーを指名しているのだ。その結果、学生バイトだが店の売上ナンバーワンになってしまったらしい。ホストクラブではないのだから、それを騒ぎ立てられないのがせめてもの救いだった。

 こいつの考えることはわからない、とシーザーはもう何度目かもわからない嘆息を漏らす。着ていたカットソーを胸の上までめくりあげられ、ベッドに沈みながら相手の体重を感じていた。体のラインを確かめるように大きな手が動き、腹筋のあたりを何度もさすられる。「いー体してんなあ」と寝室にふさわしくないようなのんきな声に目だけを動かした。

「……以前、運送のバイトをしてたことがあるからな。お前こそなにか鍛えてるのか?」
「なんもしてねーよ。じーちゃんもムキムキだったっていうし、家系かね」

 言いながら腹を押される。体力が必要なバイトは割がいいから、自己流ではあるが筋トレを続けていた。そんなシーザーよりも恵まれた体格の男がなにも努力していないとは驚きだが、嘘をつく必要もないだろう。やや複雑な思いでいたシーザーをふいに濡れた感触が襲い、投げ出したつま先が跳ねた。

「……っ、な……」

 あお向けていた頭を起こせば腹の上に乗る黒髪が見える。へそに舌を入れられてむずがゆいような妙な感覚が駆けた。反応をうかがうような視線にぶつかり、わけもなく恥ずかしさが湧きあがる。続けようとする男の後頭部にシーザーは慌てて手を伸ばした。

「なっ、にしてるんだ!」
「ンー? こういうの、雑誌で見たんだよ。なんも感じねえ?」
「……当たり前だろう」
「そんなもんかァ」

 間の抜けたやり取りのあとにあっさりと男の頭が離れる。どこのポルノ雑誌を読んだのか知らないが、ああいう手合はたいてい誇張して書いているものだ。それを真に受けているのはかわいいと言えるかもしれない。仕入れた情報は試してみたい性分らしく、今までも特殊なプレイを要求されることはあった。やけにキラキラした目で足コキをねだられたときはシーザーも少し引いたものだ。そのときは踏み潰したらすまん、と断りを入れたところ冷や汗とともに丁重に遠慮してもらえた。
 妙なところを舐めていた男が離れてシーザーが安堵したのもつかの間、今度は別のところに指が伸びてまさぐられる。胸を刺激されて思わず体がこわばった。

「今度は、なんだ……?」
「乳首責めだけど」
「そうじゃあねえ!」

 開き直るように言われて思わず怒鳴る。叱りつけられて、シーザーの胸を撫でている男は不思議そうに首を傾げるばかりだった。

「こうすると、おめーは痛かったりつらかったりするわけ?」
「……そんなことはない、が」
「じゃあ、好きにさせろよ」

 傲慢に言い放った男に反論を諦めたシーザーは枕に金髪を預けた。確かに苦痛のたぐいはないし、カップルであれば前戯にもならないような接触だ。女性のように胸を撫でられるのは小さな抵抗があったが、相手を思いとどまらせるだけの理屈にはならない。これも仕事のうちだ、と自分に言い聞かせた。

 男であっても、そこを刺激されれば生理的な反応がある。指に引っかかるようになった先端を糸を撚るような動きでこすられ、一瞬悪寒が生まれた。もう一方はぐりぐりと押しつぶされ、すぐに解放されたところを優しく撫でられる。おもちゃのように引っ張られたときは息を詰めた。
 痛みを伴うような刺激のあとはわずかに体が弛緩する。その瞬間に胸を舐められて喉が鳴った。

「……んんっ!」

 舌先で数度つついたかと思うと口の中に含まれる。そんなところに口内の体温を感じたことのないシーザーは理由のない緊張に体を揺らした。ちゅ、ちゅ、と音を立てながら吸いついた男はふと顔を上げ、ベッド横の棚に手を伸ばす。なにをするのかと見ていたシーザーは片手にローションのボトルを握らされてまばたきした。

「自分で慣らしといて」

 短く命じた男はシーザーの右手をとり、二人の腹の間に導く。いっぱいに伸ばした指先は後孔まで届かないが、背を丸めればなんとかなるだろう。王様の顔で笑った男はシーザーの手を放り出して再び胸に顔を埋めた。自分で勝手にやれということだろう、客に気持ちのいいセックスを提供するのがシーザーの仕事なのだから否やはない。それでも歯噛みする思いでローションのふたを開けた。

「……っふ、ぅ…………く……」

 胸から聞こえるわざとらしい水音と、足の間から生まれる粘ついた音。明るい部屋に響くそのどちらからも耳をふさいでしまいたかったが、あいにくシーザーの手は自分の穴を拡げるために使われていた。慣らすと言ったところで自分の部屋を出る前に準備しておいたから、苦しい思いをすることはない。二本の指で内側を拡げていると快感に似たしびれが背をのぼる。またこの男に抱かれるのだという背徳感と焦燥が熱を持ち始めていた。

 すでに覚えた前立腺をかすめると息が浅くなる。体の内側から生まれる性感と男の舌に与えられる刺激が混じり、胸で感じているような錯覚に陥りそうだった。シーザーの頬がゆっくりと赤くなるのを見計らい、それまで乳首を咥えていた男が体を起こす。応じるように指を抜いて足を開けば緑の瞳が細められた。

「――そういや、おもしろそうなモン持ってたよな」
「……ぁ……?」

 すぐにでも挿入されると思っていたのに、のんきなせりふに枕に埋めた頭を動かす。本当に、今日はペースを狂わされっぱなしだ。視線を向ければ、相手はベッドサイドに投げ出されたシーザーの鞄を見ていた。そこには店から貸与されたあれやこれやが入っている。先ほど渡されたローションもその中のひとつだが、ほかに何があっただろうか。シーザーが思い出す前に男が何かを取り出した。

「今日はこれで遊んでみよーぜ」

 無邪気にも見える笑みとともに示されたのは卵型の小さな、いわゆるピンクローターだ。女性客のために用意されたそれを目にして一瞬で理解してしまったシーザーは無意識に逃げ腰になる。ベッドの上ではいくらも動けるはずもなく、身を乗り出した相手にあっという間に距離を詰められた。

「そ、そん……おい、本気か……?」
「ダメ? もっとエグいバイブもあるみてーだけど」
「……く…………それがいい……」

 開いた鞄の中からはショッキングピンクのパッケージがのぞいている。そこにローターよりもよほど太い性具が入っていることを思い出したシーザーはそう言うしかなかった。客の注文にはできるだけ応えなくてはならない。無機物を体の中に入れられるなど想像したくもなかったが、逃がしてくれるような相手ではないだろう。

 楽しげな相手に「膝ついて」と言われてしぶしぶ従う。四つん這いになって尻を向けると鼻歌とともに撫でられた。十分に慣らしたそこはすでに薄く口を開けているだろう。入り口にローターが押し当てられ、ローションと器械の間でわずかな水音が立つ。シーザーの胸中を慮りもしない男は「力抜いてろよ」と気楽に口にした。

「……っん、ぅ…………!」

 押し込まれる感覚に背が丸まる。先ほどサイズを確認したはずなのに、見えないというだけでもっと大きなもののように感じられた。ぜんぶが収められたのを感じてわずかに力を抜く。スイッチと本体がつながっているタイプのはずだから、シーザーには見えないが、彼の体からピンクのコードが伸びているはずだ。想像だけで笑いたくなるが、それがほかならぬ自分の身に起きていると思うと泣きたい気分になった。

「じゃ、スイッチオン」
「ぁっ、ちょ、待……っ!」

 制止を無視してローターのスイッチが入れられる。小さな音とともに振動を始めた器械にシーザーの両手がシーツを握りしめた。ヴヴ、と唸る音が体を伝わって脳を揺らす。声もなく耐えるシーザーを眺めて「うーん」とこぼした男は異物を飲み込んだ後孔に指を伸ばした。

「――ああぁっ!? や、当た……あ、んあっ! ぁあ…………!」
「お? ビンゴ?」
「っん、あぁ…………! ひ、ん……! あ、ぅあっ!」

 少しだけ押し込まれたローターが前立腺を叩き、いきなりもたらされた快感に甲高い声があふれる。甘ったるい響きが嫌でこらえようとしても容赦のない刺激に唇を結ぶこともできなかった。上体を支えられず腰だけを上げた格好で、勝手に体が跳ねるのを男の手に押さえつけられる。

「ぁ、ふ――あぁっ! ん、や……ぁああっ!」
「……えっろ……」

 いつもよりかすれた声が聞こえる。それの意味すら拾えなくなっているシーザーだったが、後ろに押し当てられる熱さにびくりと身を引いた。快感に震える手足では拒むこともできず、切っ先がわずかに埋められる。ローターは彼の体の中でいまだにうごめいていた。

「ちょっと、我慢して」
「や……無理、ひぁ、だ――ああぁっ!」

 もがくシーザーを組み敷いた男が性器を埋める。押し上げられたローターが深いところで振動するのに恐怖を覚えた。挿入する男の方は熱い息を吐いているが、シーツに頬をつけたシーザーは涙をこぼすばかりだ。与えられるばかりの性感にシーザーの熱も固くなっていた。

「ふか……ぎ、奥…………っぁ、ああ……!」
「あー、すっげ……」

 ゆっくり腰を進められ、器械のぶんだけいつもより深く開かれるシーザーは息苦しさに悲鳴を上げた。相手も先端にローターの振動を感じるのだろう、とろけたような声を漏らす。
 最後まで挿入されてわずかに息をついたのもつかの間、激しいピストンに何も考えられなくなった。壊れたような喘ぎだけが鼓膜に残る。むさぼられるだけのシーザーは解放されたいという思いでいっぱいだった。

「ぅあ、あっ! ふぁ、ん……! も……早く、イ――あぁっ! あー……!」
「すげー、気持ちいいぜ。中、トロットロだし……」

 そう言った男の声が本当に感じ入っているようでシーザーの中に波が生まれる。大半が白くなった思考の中ではその理由もわからなかった。
 何を考えているのか、喘ぐばかりのシーザーの胸に相手の手が回り、先端に爪が立てられた。その刺激におおげさなほど反応してしまい、体の内側が震えるのを感じる。その途端に息を詰めるような呻きが聞こえ、数瞬ののちに相手が達したのだと理解した。

 それで満足したのだろう、力の入らないシーザーの体から大きな熱が引き抜かれる。まだ呼吸の整わないシーザーの奥にはローターが居座っていた。
 すぐにでも抜かれるだろうと思っていたそれが動き続け、不審に思ったシーザーは上体をシーツにつけたまま首だけをめぐらせる。使われたあとのゴムが落ちているのが見え、いつの間につけたのか不思議なくらいだった。

「……も、いいだろ…………取ってくれ……」
「ンー?」

 もつれる舌を動かしてやっと言えば心なしかすっきりした表情の男がとぼけてみせる。まだローターのスイッチは入ったままだから、シーザーにとっては苦しいばかりだ。口にする代わりに目で訴えると粘るつもりはなかったのか、下肢に手が伸ばされた。

「じゃー抜いてやるけど、文句言うなよ」
「なん、……ひっ! あ、ぁあ……!」

 乱暴にコードを引っ張られ、シーザーは高い声を上げた。振動を続けるローターが内壁をこすり、火をつけられた熱を煽る。ずるずると引き出されたそれは入口のあたりでひっかかり、苦痛のような快感をもたらした。男は喘ぐシーザーをもてあそぶようにコードを引っ張ったりゆるめたりしている。それだけでもつらいというのに、固いままの性器に触れられてシーザーの悲鳴に涙が混じった。

「まだイってねえんだろ。出しちまえって」
「ぁ、ああっ! も……んぁあ……っ!」

 煽られ続けていた体は数度こすられるだけで簡単に達した。膨らんだ熱が脈打つのを感じ、脱力したところでローターが完全に抜け落ちる。ひどい責め方に文句のひとつも言ってやりたくても、シーザーの枯れた喉はしばらくはまともな声を出せそうになかった。
 こういうプレイも、どこかの雑誌で読んだのだろうか。荒い呼吸のシーザーをなだめるように金髪が梳かれる。汗やら別のものやらで濡れた体をどうにかしたいとぼんやり考えているところにつぶやくような声が聞こえた。

「……ほんとに、男の経験ねえのかな……」
「…………?」

 シーザーが視線を持ち上げてみても目は合わない。小さな声だったし、なにかの聞き間違いだっただろうか。それを確かめるには少々疲れすぎていた。
 それよりも、次からこの男に呼ばれたときには余計なものは持ってこないと固く心に決める。彼がハードなセックスを好むのだとしたら、確かに女性が相手では物足りないのかもしれない。なぜ自分が指名されたのか、憶測に納得したシーザーは少しの間だけ目を閉じることにした。