スクルドを追いかける

 あとでおれの部屋に来い、と言われるちょっと前に話していたのは波紋コントロールの上達法についてで、コツでも教えてもらえるのかと思ったからジョセフは軽く請け合ったのだった。
 言われたとおりに兄弟子の部屋を訪れたジョセフは今、シーザーのベッドの上で彼を押し倒していた。

「…………エート、シーザーちゃんって男が好きなわけ」
「違うっつってんだろスカタン。人の話聞いてたのか」

 聞いてましたけどォ、とジョセフは唇をとがらせる。彼の顔に嵌められているはずの呼吸矯正マスクはシーザーの手によってとっくに外され、テーブルの上に転がっていた。こんな体勢も彼の本意ではなく、逃げ出したいと腰を引いてもシーザーの手がジョセフの手首をがっちり握っているのでとても叶いそうにない。兄弟子が彼を縛り付ける力はかなりのもので、ジョセフを逃すつもりはないようだった。いきなり人をベッドに引きずり込んでおいておれはゲイじゃないと言われても、と呆れた心地でジョセフは今しがた聞かされた話を反芻する。

 それまでにもぼんやりとは聞いてはいたが、シーザーは昔、貧民街と呼ばれるところにいたらしい。彼はそこに住み着くようになった経緯も抜けだした理由も語らなかったが、ずいぶんな非行をしていたと淡々と話した。今やすっかり更生してシニョリーナ相手に紳士的に振る舞うシーザーの意外な過去を知り、目を丸くするジョセフはまだソファの上にいた。それでも話半分に疑いながら聞いていたジョセフだったが、たちの悪い大人に目をつけられ、男に犯されたことを聞いて相槌の動きが凍る。抱かれるたびに紙幣が積まれ、おかげで貧民街にいながら生活には困らなかった、と話すシーザーの声には皮肉な調子が宿っていた。なんと言葉をかけていいかわからず、黙りこんでしまったジョセフを前にシーザーは切なそうに瞳を歪める。
 ――沈黙が落ちた部屋で、シーザーは「だから抱いてくれ、ジョジョ」と言った。


 とんでもない迫られ方にただ仰天して、とっさに強く突っぱねられなかったのはジョセフの落ち度ではないだろう。「なんでそんな話になるんだよ!?」と悲鳴を上げてもシーザーは「悪い習慣だと分かっているんだが、まだ癖が抜けないんだ」と切々と訴える。食われる、と慌てて立ち上がったところをすかさず腕を引かれ、ジョセフは今、シーツの上でシーザーを見下ろしていた。

「……言っとくが、男に惚れたことはないからな。あくまで発散のためだ」
「あーハイハイシーザーちゃんはゲイじゃないってわけね、ただ抱かれたくて仕方ないだけで」

 言っていて大いに疑問な気もするが、本人はそれで納得しているらしいのでジョセフも深くは突っ込まない。いまだに両の手首を離さないシーザーを見て、目をつけられたのが不運だったのだ、とこっそり嘆く。こんな形で童貞を卒業するとは誰が思うだろうか。ふと疑問が湧いて「今まではどうしてたんだよ」と問うてみる。シーザーの目が少しだけ細められ、口にしないでも「バカか」と言われている気がした。

「べつに、どうしても男に抱かれたいわけじゃあないんだ。今まではシニョリーナに尽くして紛らわせていたんだが、修行が始まってからはそういうわけにもいかないだろう。恋愛関係でもないのに、先生やスージーQを誘っても困らせるだけだからな」
「へええ、じゃあおれじゃなくて師範代でも……」

 言い終わる前に立てた膝でみぞおちを小突かれた。シーザーの上にジョセフが覆いかぶさっている状況であるし、もとより手加減されているので痛みに咳き込むことはないが強く睨みつけられる。「妙な想像させるんじゃないぜ、あの二人に抱かれるなんざ真っ平ごめんだ」と言う彼に、師範代には悪いと思いつつもジョセフは納得して頷いた。肌を重ねるのなら、せめてもっと清潔感のある相手がいい。となればこの屋敷に起居する面々の中で、女性陣でもなく、師範代でもない相手といえばジョセフしかいない。つまるところ消去法で選ばれたと知りジョセフは深く息をついた。

「……まァ、おれも最近溜まってたしィ? 一回だけならオメーを抱いてやってもいいぜ、シーザー」
「本当かっ?」

 正直に言って、好奇心がないわけでもない。まあいいか、とジョセフが告げた言葉にシーザーの表情がぱっと明るくなる。彼は感情を隠すのが苦手だから、顔を見れば考えていることもおおよそ見当がついた。そんなふうに喜ぶシーザーが求めているのは、男でも女でも誰でもいいから性欲の発散に付き合ってくれる相手で、ジョセフ・ジョースターという人間を欲しているわけではないことに多少の苛立ちを覚える。シチュエーションがどうであれ、代替のきくたくさんのうちの一つではなく唯一のものになりたいと思うのは当然の感情だろう。嘘でも「ジョジョに抱かれたいんだ」と言えないのがシーザーの正直なところで、彼の美徳だった。

 素直な彼の反応に、あまのじゃくなジョセフとしては前言撤回してみたくもなる。その前に、腹筋だけで起き上がったシーザーはジョセフに尻をつかせてその両足から靴を脱がせ始めた。自分でやるから、と言っても「おまえは黙って座ってろ」と短く返されるだけで、ジョセフは久しぶりに世話を焼かれる面映さを味わった。
 彼の靴と自分の分と、二足を投げ捨てたシーザーはためらいもせずにジョセフのボトムに手をのばす。ぎょっとしたジョセフが先に照明を消すことを訴えると、シーザーはきょとんとして「なんでだ?」と返した。シニョリーナ相手にはムードを重んじるだろうシーザーがこの行為に何の羞恥も見出していないことを知り、その裏に透ける彼の過去を思ってジョセフは一瞬声が詰まる。

 たぶん、シーザーはこうやって、ただの捌け口として扱われてきたのだ。愛の交歓ではなく欲求の解消としての行為ならば手間のない方がいい。自分の知らない世界に身を置いていた彼を思い黙ってしまったジョセフをよそに、シーザーは器用にボトムを寛げた。そっと取り出されたジョセフの性器は当然ながら萎えた状態である。急所を握られて羞恥と恐怖で固まるジョセフの足の間にシーザーの顔がゆっくりと近づき、経験はなくともその動きの意味を理解したジョセフは慌てて声を上げた。

「ちょっ、シーザー! んなことしなくても……ッ、ン!」

 制止の言葉を最後まで聞く前にシーザーの唇が性器に触れ、そのままぱくりと食われる。濡れた粘膜に包まれ、ジョセフは腰が震えるのを我慢しなければならなかった。シーザーの口の中で自身が漲るのがわかる。唾液を絡めた舌に撫で回され、たちまちに大きさを増すそれを一度吐き出してシーザーは赤い唇を動かした。

「おれが付き合わせるんだから、おまえにも気持ちよくなってもらわなきゃ悪いだろ?」

 言う合間にもシーザーは舌先で先端をつつくので、直接の刺激と視覚的な要因にジョセフの興奮はどんどん大きくなる。もう一度口に含まれ、頬の内側の粘膜にこすりつけるように動かされて思わず声が出た。やっと自由になった手で口元を押さえる。ベッドに這って奉仕するシーザーの動きは確かに物慣れているように見えた。

「は……おまえの、でけえな」

 片手でやわやわとしごきながら苦笑される。口で愛撫を施す間はそれだけ呼吸が不自由であり、息を乱すシーザーは色っぽい。唾液と先走りが混じって彼の顎を濡らしているさまは目に毒で、ジョセフは思わず視線を逸らした。

「お、お褒めにあずかりうれピー……なんちって」
「厄介だって言ってるんだよ。一回イっとけ」

 今なんて、と聞き返す前に強烈な快感が襲い、ジョセフは慌てて両手で口をきつく覆った。あまりみっともないところは見せたくない、という意地である。粘膜に熱く締めつけられる感覚に肌が粟立ち、結んだ唇の奥で声にならない声が漏れた。今までよりもずっと深くまで飲み込まれ、シーザーが頭を振る度に全体がしごかれてたまらない。喉奥まで犯している、と悟った瞬間にぞくぞくとした感覚が背を駆けた。

「っイ、……も……出る、から……ッ」

 情けなさをこらえてやっと声を出したのに、ジョセフの言葉を聞いたシーザーは視線だけを上げて緑の目をすっと細めてみせる。そのニヤリとした笑みになにかがはじけてジョセフは達した。
 喉の奥に注がれる精液をシーザーは従順に受け止め、音を立てて飲み下していく。何度か脈打って奔流が止まったあともわざと音を立てるように吸い上げ、脱力した体に毒のような刺激を与える。赤黒い幹を撫で、残滓すら惜しむように舌を這わせるシーザーの姿はジョセフが今までに見たどんなポルノ雑誌よりもエロティックだった。

「特別サービスしてやったとはいえ、早いな」
「……るせえな、オメーみたいにただれた生活送ってねえんだよ」

 憎まれ口を返したのはほとんど反射だったが、言ってから彼を傷つけてはいないかとヒヤリとした。当のシーザーは鼻を鳴らしただけで、ジョセフが思うほどナーバスにはできていないらしい。それでも言葉の接穂に困って視線をさまよわせるジョセフをよそに、シーザーはサイドチェストの抽斗からなにかを取り出した。

「……なんだ、それ」
「オイルだ。男の体は勝手に濡れるようにはできてないからな」

 恥じらいもなく言ったシーザーはオイルの入った瓶を片手に手際よく自身のボトムを脱ぎ捨てた。彼の肌を視界に映し、同性であるのに妙な照れを覚える。なんとなくドキマギしているのはジョセフだけであるらしく、シーザーは奥まった部分も晒すように膝を立てた。陽を浴びない内ももは白いばかりで、体の中心に近い方はうっすら血の色が透けている。他人の体のそんな際どいところまで見たのはもちろん初めてであり、目の前にいるのが男であることも忘れて興奮がせり上がった。

 瓶から垂らしたオイルを片手に受け、シーザーは濡れた指を体の奥に伸ばす。思わず居ずまいを正し、食い入るように見つめているジョセフに気づき「見てて楽しいもんじゃねえぞ」と苦笑してみせた。そんなことを言われても目を逸らせるはずもなく、彼が自分の体を開いていくさまをじっと追いかける。もう一度言う代わりに、シーザーはあえて見せつけるように足を開いた。
 ふちをぐるりとなぞってから指が浅く埋まり、彼の呼気がわずかに引きつった。中でかき混ぜるように動かし、何度か抜き差ししてからさらにもう一本の指を飲み込む。自分の指とはいえ、体に差し込まれる感覚は快いものではないらしく、シーザーは目をつぶって耐えていた。体温が上がってきたようで、心なしか彼の肌も上気して見える。潤滑油に用いられたオイルが濡れた音を立て、露骨な水音に連想してジョセフの鼓動が波打った。
 こんなのおかしいだろ、男相手に、と冷静になるための呪文を唱えてみてもジョセフの胸に生まれた興奮は消えない。それどころか、シーザーの髪って細くて女みたいだ、とか、長いまつげがセクシーかも、なんて発見をしてしまいどうにもならない。先ほどまで照明の下で抱き合うことに抵抗を覚えていたのに、今はこの明るさに感謝の念すら抱いていた。本を読むのにも問題ないよう作られた照明はベッドの上のシーザーをすみずみまで照らし、彼の小さな口がほどけていくさまも克明に伝えている。ぐちゅぐちゅと音を立てるそこがたまらなく卑猥に映り、ジョセフは影を落とさないよう注意を払ってシーザーに近づいた。

 シーザーはすぐには気づかないようだった。瞼を下ろす彼のもとにこっそりと近づいたのだから無理もない。ほんの半歩ほど距離を詰めただけなのに、揺れる呼吸がはっきりと伝わってきてジョセフの耳を甘く痺れさせる。そっと伸ばした指先で彼の濡れた指に触れるとシーザーの体がびくりと跳ねた。

「っ、な、ジョ……ぅあっ!?」
「うお、すげー熱い」

 目を見開いたシーザーはもたらされた刺激に声を裏返らせる。己の内側を探るシーザーの指に、ジョセフが重ねて自分の指を挿入したのだった。油で滑りを増した後孔は三本目の指も飲み込み、面白がるようなジョセフの動きも受け止める。仰向けで腕を伸ばしているシーザーとは違い、向き合った体勢の彼の指はより深くまで入り込んで中を荒らした。指の届く限りを検分するように中を捏ねられ、シーザーの息は途切れ途切れになる。荒い呼吸の下で「抜け!」と怒鳴っても効果はなく、とりあえず蹴っ飛ばしてやろうと考えを決めた彼が実行に移す前にジョセフの指がぐるりと回ってシーザーの腹側を押し上げた。

「ひぁぁんっ!」
「……え?」

 初めて聞く兄弟子の高い声にジョセフの思考がフリーズする。顔を上げれば一瞬視線が絡まり、すぐにすごい勢いで逸らされた。色が白いから顔が赤いのがはっきりわかるし、感情を隠すのが苦手な彼だから大いに焦っていることも伝わる。空いた腕で赤い顔を隠そうとしても、どう考えても手遅れだった。

 シーザーがあんな声を出したのは、今しがたのジョセフの指の動きが原因であることに疑いはなかった。右手の指一本でしか彼に触れていないのだから当然である。指先だけで彼を翻弄できることを認識して、なぜだかジョセフの唇が持ち上がった。今度はしっかり顔をうかがいながら確かめるように内壁をなぞると声もなくシーザーの体が揺れる。見れば、彼の性器もびくびくと震えていた。
 漏れる声をこらえるシーザーが制止できないのをいいことに、調子に乗ってしつこく同じ箇所を撫でる。その度に震えて涙をこぼすシーザーの熱がなんだかかわいらしく思えて、そういえばこの行為にはじめから嫌悪を抱かなかったことを思い出した。今までのジョセフはシーザーほど親密な友人はもたなかったのだが、距離のない友人同士ならそういうものなのだろうか。シーザーの内側を暴いていると思うと奇妙な高揚がジョセフの胸を満たす。泡立つ水音と粘膜の感触に擬似的な性行為を思い、触れられてもいない性器が張り詰めるのを感じた。

「……っく、ジョジョ……も、やめ……」

 相変わらず顔をそむけたままのシーザーの声が弱く届く。体温で温まったオイルは大きな水音を立てるようになっていて、もう一本指を増やしてもいいんじゃねえのとジョセフが考え始めたときだった。性器から伝った先走りと潤滑油でシーザーの肌はすっかり濡れ、筋肉が波打つたびにてらてらといやらしく光る。まさか嫌がっているようには思えず、ジョセフは素直に疑問を口にした。

「なんで? 気持ちよくねえの?」
「い、けど……っ」

 どこかくやしがっているようなシーザーの声が返る。男の性感帯など知らないが、彼の反応を見ていればジョセフの指先で快感を覚えていることは明白で、やめろというのも言葉通りの意味ではなく早く先に進めということかと解釈した。すでに彼の体温を覚えた指を引きぬき、ついでにシーザーの手首を掴んで彼自身の後孔に埋まっていた指も抜き去る。くわえた三本が一気に抜かれ、栓をなくしたシーザーの腰がわずかに浮いた。
 ねだるような仕草を見せる彼の穴はすっかりゆるみ、薄く口を開いて熱に犯されるのを待っている。好きに内側を探っていたジョセフの指が去り、呼吸を整えようとするシーザーの性器はピンと反り返っていて、彼のつたない愛撫に感じきっていることを示していた。「シーザー」と呼びかけると緑の瞳が動いて、横目にジョセフを捉える。肩で息をつくシーザーに流し目を送られ、そのうえその視線にはうっすらと涙が乗っているものだから、ほとんど反則だった。

「その顔、すげえそそる」
「? なん……、ッ!」

 投げ出されたシーザーの膝を抱えたジョセフは腰を進める。さんざんこね回されて色づいた後孔に彼の性器が押し付けられてシーザーは慌てた。互いの肌が熱く感じられるほどに興奮しているのがわかる。急に向き直ってバタバタとうろたえるシーザーに腑に落ちないものを感じるが、両の膝を抱えられている状態ではろくな抵抗ができるものではない。あの熱い粘膜に包まれるのが待ち遠しく、ジョセフは彼の身じろぎを無視して事を進めることにした。

「ほーら、早く犯してほしかったんだろォ?」
「待て、ジョジョ、まだ……」
「十分準備したっての。挿れるぜ」
「っ待て、だめだ、待っ……!」

 兄弟子の言葉を無視することには慣れていて、混じる悲痛な色にも構わず硬い性器でシーザーの体を割り開いた。ジョセフの予想通り大した抵抗もなく飲み込まれ、一番太い部分が粘膜にしぼられるのを感じる。熱く包み込まれる快感に、乱暴な動きで腰を進めると最後まで収めきる前にシーザーが大きくのけぞった。

「っん、ぁあ……っ!」

 切ない声とともに彼の腹の上にぽたぽたと精液が垂れる。それはシーザー自身の性器から放たれたもので、びくびくと揺れるたびに射精と呼ぶにはゆるやかな勢いであふれた。ジョセフは初めて目にした生理現象だったが、自分の行為が引き起こしたことは理解できる。「今、イった……?」と確かめるとシーザーは両腕で顔を覆ってしまっていた。

「だ……から今、だめだ、って、この……スカ、タン……」

 こんなふうに、弱々しく語尾を震えさせるシーザーなんて知らなかった。どんな表情をしているのか知りたくなって、視線を遮る彼の腕を乱暴に取り払うと真っ赤な顔が見える。眉を寄せて小さく震えるシーザーの表情は苦悶を浮かべているようにも見え、熱っぽく潤む瞳だけがその印象を裏切っていた。のぞき込むジョセフを視界に映しぱちりとまばたきした拍子に涙がこぼれ落ちる。理由もわからない熱がジョセフの体に重く溜まり、中途半端に埋めたままの性器に伝っていく。合わせた肌から彼の興奮を感じてシーザーの肩が揺れた。

「ぁ、なん、大きく……」
「挿れただけでイっちゃうなんて、シーザーちゃんやらしー」
「るせぇっ……この、調子のんな」

 シーザーが案外口が悪いことはもう知っているし、体をぐったりとシーツに沈めたままで言われたところで効果はない。早く彼の全身を味わいたくて、押し付けるように腰を進めるとシーザーの目が大きく開いた。長い睫毛の先に小さな水滴が宿り、照明を反射して光る。ジョセフがわずかに身じろいだだけでも彼の体には大きな波が立つようだった。

「う、動くんじゃねえ!」
「自分ばっかり気持ちよくなってないでさァ、おれもよくしてくれるんデショ?」
「ぁっ、や、今イったばっ……! んぅ、やめ……っ!」

 抵抗を示したいのだろうが、絶頂を味わった直後のシーザーの体は思うように動かない。かわりにいやいやと首を振ってシーツの上に金髪がふわりと広がる。いつも兄貴風を吹かしてなにかと口うるさい兄弟子が、今は子どもがむずがるような仕草しかできないのだと思うとジョセフの胸に征服感が浮かんだ。やめろ、と訴える声を無視して熱い欲を埋めていくととてつもなく気持ちいい。気が急いて、やや性急な動きで最後まで収めた。大きく背を反らせるシーザーの顔が見たくて、ジョセフは膝を抱えた手を離して覆いかぶさるように態勢を変える。のけぞった喉に吸い付くと押し殺した声が漏れた。

「……すげ、ぜんぶ入ったの、わかる?」
「っく、ふぅ……ッ」

 深くえぐられてシーザーは荒い呼吸をこぼすしかできない。それでもジョセフの声に応えてこくこくと首を振ってみせた。彼の内壁は熱く、絶頂の余韻を引きずってときおり痙攣するような刺激をもたらす。シーザーを揶揄した手前、すぐに達してしまうのはジョセフにとって避けたい事態だった。彼の制止を二度も振り切ったのだから気遣う気持ちもある。震えるシーザーをなだめるようにジョセフは彼の腹へと手を伸ばした。

「おれの、ここらへんまで届いてるんだぜ」
「ひ、ぅ……〜〜ッ!」

 鍛えられた腹筋をなぞり、目測をつけた部分を撫でただけなのにシーザーの悲鳴が聞こえてジョセフは目を丸くする。同時に後孔が収縮して二人に性感をもたらした。予想しなかった反応に、まじで、とかすれた声でつぶやいたジョセフはシーザーの腹に置いたままの手に力をこめてみる。ぐっと押し込むと手のひらの下で腹筋がびくびくと震え、ジョセフを包み込む内壁が収縮した。
 圧迫されることで体内に咥えたジョセフの熱をより近く感じてしまい、体が反応するということなのだろう。シーザーも自分の体に何が起きているのか理解しているようで、見られたくないと言わんばかりに顔を隠そうとする。マウントポジションにあるジョセフにとって、その手首を掴んで無理に開かせることは簡単だった。ほとんど意地のような抵抗もわずかに腰を動かせばたちまちに消えてしまう。恨みがましそうに見上げられても加虐心が煽られるだけだった。

「なあ、おれなんもしてねえんだけど」
「っ、るせぇ……おまえ、でけえんだよ……ッ」

 言うシーザーはほとんど涙目で、なんでもないような動きにも快感を拾ってしまうことを恥じるように目が伏せられる。彼が感じきった反応を返してくれるのは素直に嬉しいが、これほど開発されるにはどれほど男に抱かれたのだろうかと埒もない考えがよぎった。ぜんぶ上書きできたらいい、とジョセフは思う。苦い記憶をすべて洗い流して、シーザーの中に居座るたった一人になりたかった。

「ジョジョ……ッ、早く、動け」
「へ? いいの?」

 ねだられてジョセフの口からまぬけな声が漏れる。ジョセフには体を開かれる経験などなく、加減がつかめないまま貪ってはシーザーがきついだろうと膨らむ性欲を押さえこんでいた。そんな配慮が通じているのかどうか、シーザーは上気した頬で眉を寄せ「焦らしてんのか」となじる。

「も、いいから……早くおれを、満足させてくれよ……っ」

 その言葉を聞いて、ジョセフの視界がくらりと回るような気がした。指先だけで顕著な反応をみせる彼を気遣っていたはずなのに、そんな遠慮も吹き飛ぶ。深く埋まった性器を引きぬき、勢いをつけてもう一度埋め込むとあられもない声が上がった。シーザーの両腕を掴んでいた手を彼の顔の横につき、深いストロークで腰を振る。抜き差しするたび、シーザーの甘い声がジョセフにしみこんでいった。

「ぁ、あぅ、そこ、あーっ……ッん、イイ……っ」
「は……そんなにイイわけ」

 彼の性感帯は一つではないようで、浅いところをえぐっても奥まで貫いてもとろとろの嬌声がこぼれる。思い出したようにシーザーの性器に触れると、ジョセフに絡む内壁がびくびくと震えた。聞こえる制止の声は、たぶん形だけだ。その証拠に、だらだらと先走りをこぼすそこを上下にしごいてやれば咎める声は喘ぎに変わり、後孔が喜ぶようにうねる。鍛えあげられた肉体が性感に波打つさまは視覚からジョセフを追い詰めた。

「ふあ、もっと、奥……っぁ! っく、激し……っ」
「もー無理無理、手加減とかできねえからなっ」

 与えられる快感におぼれて、シーザーの反応をうかがうよりも自身の刺激を求めて腰を振る。ぐちゃぐちゃと響く水音と甘ったるい声に耳から侵されてどうにかなりそうだった。一番奥まで突き上げるたびに、シーザーの唇から意味のない母音が漏れる。開いた口の端から唾液が落ちるのが見えて、端然とした兄弟子のだらしない姿に興奮が加速した。

「ひ……っぁ、ジョジョ、も……んあぁっ!」
「またイっちゃう……? おれも、おめーん中すげえきもちい……」
「っふぁ、ジョジョ……あ、中に、欲し……!」

 とろけた瞳で殺し文句をささやかれ、露骨な言葉にジョセフの体温が上がった。たまらなくなって、乱暴な動きで性器をこすると途端にそこから精液が噴き出す。かすれた声を上げて全身を痙攣させるシーザーの内壁がきゅうと締めつけ、ジョセフも彼の望みどおりに一番奥に白濁を吐き出した。彼の性器が脈打つたびに貫かれたシーザーの口から吐息が漏れる。絶頂に至るほどの快感にひたりながら、もっと彼の体を味わいたかった、とジョセフは思った。



 体をつなげたのだし、少しは甘い雰囲気を望んでもいいはずだとジョセフは内心に唇をとがらせる。互いに達したあと、シーザーは余韻もなく「退け」と冷たく言うだけだったし、体液でぐちゃぐちゃになった体もシーツも手早く清められてあとも残らない。キスマークでも残しておけばよかった、とジョセフは悔やむが、実行したところで拒まれるだけの気もする。
 行為が終わるとシーザーはてきぱきと着衣を整えて、ジョセフの顔にもいまいましいマスクを着けてしまった。次はもっと骨抜きにして、腰が立たなくなるくらいいじめ抜いちゃる、と考えたところでふと気づく。今回彼を抱いたのはシーザーがそう望むからであって、二人は恋人でもないし、次がある保証はない。そう考えるとますます惜しい気がした。

 備え付けのシャワールームで簡単に汗を流したシーザーが出てきて、ベッドに掛けるジョセフの横に座る。煙草を咥えて火をつける動きは手馴れていて、彼を横目にうかがいながらジョセフは細く息をついた。なにせ他人と寝たのは初めてで、こんな雰囲気で何を言ったらいいのかわからない。よかったぜ、と言えばいいのか、よかった? と聞いてもいいのか。緊張ばかりが膨らんで、結局黙りこむしかできない。シガレットケースをぱちんと閉じたシーザーがなんでもないように口を開き、思わず肩が跳ねた。

「……おまえ、今までどうしてたのかって訊いたよな」
「んぁ? ……あー、訊いたな。シニョリーナたちを使って抜いてたんだっけェ?」
「女の子を道具みたいに言うな。……それは、修行が始まる前までの話だ。ここで暮らすようになってからは、自分でしてた」
「へ? してたって、なに……を……」

 尋ねながら途中で答えがわかってしまい、ジョセフは自分の顔が赤くなるのがわかる。自分で慰めていた、とシーザーは言ったのだ。連想し、今夜見た彼のあられもない姿が脳裏に再生されて体が熱くなる。
 手の届くところにオイルを用意していた意味は、つまりそれを使っていたということだろう。その頻度がどれくらいであるかは知らない。だが、シーザーも健全な20歳の青年である以上、だいたい予想できる気がした。

「だからあんなにやらしい体してるわけ……」

 こっそりと呟いた言葉は鋼鉄のマスクのおかげで本人には聞こえなかったようだ。自分の指で体を開いていたのなら、触れるたびにびくびくと震えるほど感度がよかったのもわかる気がする。それでも物足りなくなってジョセフを連れ込んだのかと思えばいやらしい笑みが浮かんだ。ジョセフが「なあ」と呼びかけると、緩慢な仕草でシーザーが振り向く。煙草を持っていない方の手を握り、瞳を覗きこんで言った。

「今度から、一人でするくらいならおれを呼んでくれよ。絶対よくするから」
「……おまえ、ゲイだったのか?」

 名案だ、と思って誘ったのにシーザーは怪訝な顔で問うてくる。そりゃおめーだろ! と叫びたいのをこらえたジョセフは「ちげーよ」とだけ返した。

「隠れてオナニーするくらいなら抜きあいっこした方が早いだろ? おれが溜まったときもおめーを呼ぶからな」
「……たしかに、利害は一致してるが」

 シーザーとしては今日の一回で関係を終えるつもりだったのだろう。たぶん、今までの彼はそうしてきたのだ。けれどジョセフは本気で頼み込めば彼は必ず応じてくれることを知っている。特に、シーザーにとっても利のある話なのだから当然だ。予想通りシーザーは「ま、悪くないな」とすこしばかり気の抜けた笑みで言う。これでもう、次はないかもしれないなんて怯えなくてすむのだ、ジョセフはしてやったりと笑んだ。

 それに、自分がしたいときも付き合ってくれる約束を取り付けた。明日から毎日誘ったらさすがに怒られるだろうか、それでもジョセフには彼を丸め込む自信がある。次までに男の感じるところを調べておいてシーザーを泣かせてやろう、と青い情熱を燃やす彼を前に、シーザーはぼんやりと笑っていた。