※生徒×先生な学パロ
※モブ女性が出てきます
diamond dust
簡単な日誌をまとめてシーザーは息をついた。季節は2月、卒業を控えた三年生の影がまばらな時期である。
受験生たちがすべての授業を終え、自由登校となってからは校内の人口もだいぶ減った。そうでなくとも年度の変わり目が近づき、どことなく学校全体がせわしい印象を受ける。早い日没を嫌ってそそくさと帰宅する生徒が多いため、保健医であるシーザーは暇をもてあます日が続いていた。
今日も保健室には治療を待つ生徒はいない。手持ち無沙汰になると余計なことを考えてしまうのが人の常で、シーザーの思考はいつものところに着地した。脳裏に描くのは黒髪青目の男、ジョセフである。
ジョセフは18歳で、3月にこの高校を卒業する。シーザーは卒業後の彼の進路について尋ねたことはなかった。保健医であるシーザーがジョセフを己のもとにとどめておくことなど不可能であったし、それならば別離につながる言葉をわざわざ聞きたくはない。どんな道であれ、ジョセフが一歩踏み出すことを心から喜んでやりたいと思うものの、春からは彼に会えなくなることを思うとシーザーの胸は黒い思いで埋まる。必然の別れをジョセフがどう考えているかは知らない。そもそも彼は、このひと月ほど保健室から遠ざかっていた。
沈みがちになる思考を無理に切り替え、備品の補充に関する書類を担当者に渡すため、職場である保健室を一度出る。目的はすぐに達して、職員室のある階を歩けば夕日が目にしみた。保健室は薬品の劣化を避けるためカーテンを引いていることが多いのだが、鮮やかな陽光を目にして少しばかり気が晴れる。窓から茜色の空を眺めていると、廊下の奥から誰かが歩いてくるのが見えた。
「やあ、シニョリーナ。ずいぶん大きな荷物じゃないか、手伝っても?」
「えっ……と、あ、シーザー先生?」
白い廊下に影を落としながら近づいてきたのは、一人の女子生徒だった。タイの色から判断するに、一年生らしい。彼女の両手は大きなダンボールでふさがっていて、封をされていないその箱にはフラスコやビーカーがごちゃごちゃとつめ込まれているのが見える。その間から飛び出した模造紙の束が彼女の視界を埋めているようで、声をかけられて初めて人がいたことに気がついたらしい。女性の扱いに慣れているシーザーにとって、驚いた拍子にふらついた彼女の肩をそっと支えることはたやすかった。
「あ、ありがとうございます。でも、これくらい運べますから」
「いや、か弱い女性に無理はさせられない。失礼するよ」
断る彼女の両手から箱をすくい上げて、さもなんでもないように微笑んでみせる。前が見えないほどの大きさの荷物を運ぶのに無理があることは理解していたのだろう、本人もそれ以上固辞することはなかった。
女子高校生の手には余るダンボールであっても、平均以上に長身なシーザーには苦もなく扱える。行き先を化学準備室に指定され、二人は並んで歩き出した。彼女は化学部の部員で、持ち回りで備品を洗浄する担当なのだという。模造紙はそのついでに補充したものらしかった。「いっぺんに欲張っちゃって、荷物が大きくなって一人で困ってたんです」と眉尻を下げる彼女に、手伝うことができてよかったとシーザーは答える。リップサービスではなく、女性に助けの手を差し伸べることは彼にとって絶対の善であった。
一緒に階段を下りればそのフロアは目的地である化学準備室がある階である。廊下の奥に向かって歩き出そうとする彼女に、シーザーはそれには及ばないと言った。
「あとはおれがやっておくから、きみはもう帰ったらいい。そうだな、この箱は出入口から入った近くに置いておくから、整理は明日に回してくれないか」
「え、でも……」
「友達が待ってるんだろう? おれなら、仕事も終わらせたところだし気にしないでくれ」
言ってウインクを飛ばす。整った容姿を持つシーザーにきざな仕草はよく似合っていて、純情そうな女子生徒の頬が赤くなるのも無理はなかった。彼女の友人が玄関で待っているというのは歩きながら聞いた情報だ。シーザーがあまり気軽に言うのでかえって遠慮も吹き飛んだらしく、彼女は「じゃあ、お願いします」と顔をほころばせた。
「あ……先生、待って」
さっそく、と背を向けようとするシーザーを女子生徒が呼び止める。制服のポケットからなにかを取り出した彼女は「鍵がないと準備室に入れないから」と小さなキーを差し出した。それもそうだったとシーザーも気づくが、いかんせん両手がふさがっている。一瞬考えてから体を彼女に向けた。
「それじゃあ、胸ポケットに入れてくれ。鍵は職員室に返しておくよ」
「あ、はい。お願いします」
白衣の裾についている方ではなく胸ポケットを選んだのは、箱を抱えたままのシーザーの手が届きやすいからだ。裾のポケットには細かなメモが入っていて、出し入れの際に落としては困ると考えたからでもある。
ダンボールを持つ手を下げると小さな体が近づいてくる。ポケットに鍵が落とされた重みを感じて視線を向けると、生徒の顔色は先ほどよりも赤かった。なにか言う前に彼女は「先生、さよなら!」と慌てたように言って玄関に向かって駆けてしまう。
そういえば、パーソナルスペースの狭いシーザーにとってはなんということもない距離だが、高校一年生の彼女には慣れない近さだったかもしれない。自身の顔の良さを十分に理解しているシーザーだから、困惑させてしまっただろうかと見えなくなった後ろ姿を思い返した。やっと女子生徒にもてはやされることも少なくなったというのに、以後気をつけようと肝に銘じることにした。
階段から振り向けば、彼の職場である保健室がある。鍵はかけてこなかったが、誰か来てはいないかとなにげなく見やった。途端に強い視線にぶつかり、人の気配を感じていなかっただけに目を大きく開く。カーテン越しのわずかな陽光をバックにそこに立っているのは、まぎれもなくジョセフだった。
驚きもあったが、それ以上に久しぶりに見る彼の姿に心臓が波打った。ジョセフの深い瞳は間違いなくシーザーを捉えていて、強い光に射抜かれて訳もなくたじろぐ。小さく動く唇に名前を呼ばれた気がして、ほとんど意識しないままに一歩踏み出した。両手を塞ぐ大きなダンボールがどうにも邪魔だが、たとえこの箱がなくても彼の手をとることも出来ない関係だった。
「ジョジョじゃないか。最近見なかったが、どうかし……」
「いいから、入れよ」
抱えたダンボールの上を通って肩を掴まれ、強い力で引かれる。箱で両手がふさがったまま強引に引きずり込まれて、たたらを踏みながら保健室に入った。途端に勢いよく戸が閉められ、常にないジョセフの気配に怪訝な思いが生まれる。彼と話をしてから準備室に向かっても問題ないだろうと判断し、すまないシニョリーナ、と心の中で詫びてからシーザーは荷物を床に下ろした。がちゃりとガラスが触れ合う音が生まれ、誤って壊してしまわないようにと薄暗い室内に照明を点ける。向き直ったジョセフがその箱を見て舌打ちした気がした。
「おめーもマメだよなァ。女の子を見たらコマさなきゃいけない病気なわけ?」
「……なにを言ってるんだ、ジョジョ」
悪意のある言葉にシーザーの眉が寄った。ジョセフは構わずに乱暴な足音を立てて数歩進み、荒っぽい動きでベッドに腰掛ける。長い足を組む姿は高校生とは思えないほどで、惚れた相手の姿に知らず深く息をついた。その一方でジョセフが投げる視線は冷たく、立ったままのシーザーが見下ろしているにもかかわらず、上から押さえつけられるような圧力を感じる。不機嫌の原因を探る前にジョセフのぶっきらぼうな声が届いた。
「代わりに運んであげるよシニョリーナ、ってか。またシーザー先生の人気上昇だな」
「……見てたのか」
「隠れてたつもりはねえよ。誰かさんは女の子に夢中で、視線にも気づかなかったみたいだけどねェン」
女子生徒とのやりとりを見られていたことを知り、シーザーは気まずい思いをする。保健室は階段からほど近く、戸を開けた先ほどの状態なら声も届く距離だった。告げるジョセフの言葉は軽いが、声には苛立ちがはっきりと現れている。階段を下りてから一瞬でも保健室に視線を向けていれば彼の存在に気づいただろうに、悔やむには数分ほど遅かった。
「それとも、見せつけてたの?」
「……は?」
予想外な言葉にまぬけな声が出る。言うジョセフの瞳は底が深く、何を考えているか知れなかった。彼が立っていることすら気がつかなかったのに、見せつけてあてこするような真似をするはずがない。そんなつもりはない、と弁解するシーザーの言葉は軽くあしらわれた。
「は、どうだか。こっそりチューでもしてたんじゃねぇの」
そう言ったジョセフの声にはありありと猜疑心がにじんでいる。これまでも、今だって、二人の間に信頼関係はない。ジョセフが何を思っているのか、問うことも出来ないシーザーが臆病に心を閉ざし続けた結果だった。
気色ばんで言いかけるシーザーを制し、ジョセフは短く「脱げよ」と言った。
「な……に言ってるんだ、スカタン! おれは頼まれて荷物を運んでる途中で……」
「フーン、じゃあ行けば? おれより女の子のほうが大事なら、そうしたらいいだろ」
ジョセフの言葉はあくまで投げやりで、仮にシーザーが部屋から出て行ったとしてもあとを追いかけそうになかった。無関心に言い放たれてシーザーは絶句する。ジョセフの言葉に従うのは簡単だし、しかも倫理に背くこともない。絶対にそちらを選択すべきだと分かっているのに、シーザーには彼のもとから去ることなどできそうになかった。
この関係に飽きて、離れていくのはジョセフだと思って疑わなかったのだ。シーザーが自らの意思で彼から遠ざかる可能性なんて一瞬も考えたことがなかった。加えてジョセフはもうすぐ学校を去る。次に姿を見られるのはいつか、もしかしたらその機会はもう来ないかもしれない。
諦めなければならない、とずっと考えていたのに、ジョセフの声を聞くとそんな決意も簡単に吹き飛んでしまう。世界中から後ろ指をさされることを知って、シーザーは今まで彼から離れられなかったのだ。ジョセフより優先すべきものがあるとは決して思えなかった。
長い指で体の内側をかき回され、シーザーの喉から潰れた悲鳴が漏れる。大きく乱れた白衣の胸ポケットには女子生徒から託された鍵が入っていて、彼の体が跳ねるたびに小さな音でシーザーをなじった。
ボトムはとっくに脱がされてベッドサイドに落ち、着ているニットも大きくまくりあげられて視線を遮る用をなしていない。保健室のデスクの奥に小さな瓶が隠されていることはとっくに知られていて、ローションをまとってぬめるジョセフの指がシーザーの後孔を犯していた。浅く息をつくシーザーの性器はすっかり熱を持ち、それは愛撫による性感というよりは期待に体がうずいたからと言ったほうが正解に近い。根元まで埋めたところで指先を開くように動かされ、粘膜が空気にさらされる感覚に体がこわばる。
ジョセフにはそういうところがあった。シーザーの内側を切り開き、すべてを彼の視界に収めたがるようなところが。
ときにジョセフは己の快楽や刺激を無視して延々とシーザーをなぶることがあった。たぶん、シーザーが今までに与えた快感よりも彼に与えられる方がはるかに大きい。なぜ、と聞きたくなるほどにもてあそばれ続け、何が楽しいのかと思うのにときどき満足したような表情を見せる。シーザーが彼をおそろしく好奇心が強い男だ、と評したのはそれほど最近ではなかった。
肉体的にも精神的にも、隠しておくことなど許さないように覗き込まれることには反射的な恐怖がある。ジョセフの手に引きずり出され、シーザーは己をどれほど知らなかったのか思い知らされた。こんなに甘えるような声も、これほど情けない涙も、ここまでいやらしい体もすべて知らない。おまけに、そんなふうに乱れるシーザーをジョセフは少年が虫を解剖するときのような無邪気さと真剣さでもって見つめるのだ。その大きな瞳に映る自分はどれほど滑稽だろうか。できるものなら、見ないでくれと訴えたかった。
「なに考えてんの」
「ンぁ……!」
指先が前立腺のすぐ横をかすめて体がしなる。もどかしい刺激に意識が引き戻され、シーザーはジョセフに焦点を合わせた。いつものように、反応を少しも逃すまいとするかのような視線を注がれ、シーザーは泣き出したいような気分になる。
たぶん彼は目の前にあるすべてを知りたいし、知る権利があると思っているのだろう。だからシーザーの体も、癖も、今何を考えているのかさえ暴きたがる。そんなふうになにもかもを手の届く範囲に収めたところでどれほどの意味があるのかわからなかったし、そもそもどれほどの熱意を持って知りたいと考えているのかもわからなかった。いつだって、ジョセフの考えていることはシーザーにはわからない。誰にも見せたことのない深くまで晒して、それでも暇つぶしのおもちゃにしかなれない自分が嫌でたまらなかった。
揃えた二本の指がぐるりと回り、シーザーはきつく唇を噛んで漏れる声をこらえた。ローションで濡れた後孔は引き抜かれる瞬間にもわずかな水音を立てて羞恥心を煽る。そのあとにもたらされる熱の衝撃を思い、シーザーは枕を引き寄せて顔を埋めた。顔だけを隠し仰向けに足を開く自分の姿を浮かべると腹の底が冷えるような、心臓が沸き立つような感覚が駆ける。抜きがたい背徳感に興奮が煽られていることはもうごまかしようがなかった。
当然すぐにでも貫かれると思っていたのに、待ち望んだ熱が触れずにシーザーはわずかに眉を上げる。自分の浅ましさから目を背けたくて枕の薄闇に逃れたくらいだから、顔を上げる代わりに耳だけで気配を探った。カチャ、と小さく聞こえた音はジョセフのベルトの金具が立てるものではなく、別のものが生んだような気がする。上体をひねるかたちで枕を抱き寄せていたために、触れる冷たい感触に反応するのが一瞬遅れた。
「っあ!? ひ、なん……」
明らかに人肌ではない温度に慌てて振り向く。点いたままの照明の下でジョセフの浮かべた笑みがいやに目についた。すでに慣らされ、ゆるんだ後孔にヒヤリとしたものを押し付けられて悪寒がぞわりと駆ける。もがこうとしても本気ではない抵抗はあっさりと見破られ、ジョセフの手が内ももに触れたのを振り払うことはできなかった。見せつけるようにジョセフの右手が持ち上がり、その手の中にあるものを知ってシーザーは目の前が一瞬暗くなったような心地がした。
「なっ、それ……!」
「ンー? おめーがせっかく持ってきてくれたんだから、使おうと思ってよォ」
言ってジョセフはにっこりと笑みを浮かべてみせる。無邪気そうに笑う彼が握っているのは、学校ではありふれた備品、試験管だった。実験用のガラスの管は保健室に常備しているはずがないもので、女子生徒に頼まれ、シーザーが先ほどまで抱えていた箱の中から取り出されたのは間違いがない。ローションで濡れた丸い先端が後孔に触れてシーザーははっきりと恐怖を覚えた。
「っジョジョ、やめ、いやだ……!」
「ほーら、入ってくぜ」
「あ、や……っひぃ!」
懇願を無視してジョセフは力を入れる。すでに指で開かれた体は意志とうらはらに異物を受け入れ、冷たく硬い感触に身を犯されてシーザーは悲鳴を上げた。体の奥にガラスの筒が差し込まれている、と思うと背が汗で濡れる。恐怖のために体をこわばらせるシーザーを見下ろしながらジョセフは無遠慮に試験管を動かした。拡げるように動かされると露骨な水音が立ち、ローションによるものだとわかっていても耳から性感を錯覚しそうになる。抵抗できずに身悶える彼に上から声が降った。
「突っ込まれて嬉しいのはわかるけど、あんまり締めると割れちゃうぜ?」
嘲るような物言いに一瞬シーザーの体が熱くなる。つとめて力を抜こうとしても、中でかき混ぜるように動かされるとヒヤリとした感触に恐怖が蘇って反射的に身がすくんだ。試験管なら実験器具としてそれなりに丈夫にできているはずであるし、そう簡単に割れるものではないとわかっているが指先が震えるのはどうしようもない。ぐ、と深く押し込まれて情けない声が漏れた。
「は、奥まで丸見え。こんなとこまで見られて恥ずかしくねぇの、センセ」
「ひ、ぁ……! やめ、っく……!」
立てた両膝を押され、腰が浮き上がる。奥まったところまで室内の照明に晒されてシーザーは焼けつくような羞恥を覚えた。筒に中を押し広げられ、透明度の高いガラスは内壁の色まで伝えるだろう。開かれたそこにジョセフの視線が刺さるのを感じ、反応した体が甘く収縮してしまう。ちか、と脳裏に映像がフラッシュバックする。照れたような女子生徒の表情を思い浮かべ、自己嫌悪と背徳に体が落ちていくような気がした。
肌に触れる恐怖と、抱えた罪悪感と、なによりジョセフの瞳に思考が重くなる。ぐちゃぐちゃになった理性はもう働かず、こらえることもできない雫が頬を伝った。体に埋まる管が引きぬかれて弛緩したのもつかの間、すぐに深く挿入されて喉が反る。水音を立てながら繰り返される動きは明らかにセックスを模していて、時折容赦ない動きでシーザーの性感帯をなぶった。
「センセ、こんなので感じてるんだ。突っ込まれればなんでもいいわけェ?」
「ぁ、違……っ、んぅっ」
「うそつき。中動いてんのも見えるぜ」
こんなこと、今すぐにやめてくれと思うのにジョセフの手で作り変えられた体は貪欲に刺激を求める。ガラス管を引きぬくついでに先端が前立腺をこすり、思わず漏れた声に性感を認めなくてはならなかった。そこばかりを狙って抜き差しされ膝ががくがくと揺れる。内壁への刺激を快感として受け止めることはもう慣れていて、シーザーの性器は触れられてもいないのに張り詰めていた。
かき回すたびに反応を冷たく見下ろしていたジョセフがなにか呟いたのが聞こえる。シーザーの鈍る思考が彼の言葉を理解したのは一瞬ののちだった。
「……別に、おれじゃなくてもよさそうねン」
その小さな声に、カッと血が頭にのぼるのを感じる。ジョセフはシーザーがどうして快感を得ているのか知らない。仮に同じ刺激を与えられたとして、他の誰の前でこんなふうに乱れるだろうか。肉体的な感覚だけでなく精神的な興奮がシーザーを高ぶらせていた。肌を晒してみっともなく喘いで、それはすべてジョセフの前でだけ、ジョセフだからこその振る舞いだというのに、彼はそんなシーザーの胸の内を知らないのだろうか。
きつくシーツを握りしめていた指をほどき、片手をジョセフに向かって伸ばす。情けなくも指先が震えていたがなりふりはかまっていられなかった。いっぱいに伸ばしても彼はまだ遠い。触れてほしい、とシーザーは口にするかわりに念じる。驚いたように大きく開かれたジョセフの瞳に自分が映っているのが嬉しかった。
「……違、おまえだから、こんなに感じるんだ……」
「……シー、ザー?」
「も、早く……ジョジョの、ほし……!」
求めるのは快感ではない、ジョセフの体温だった。性交だけが愛ではないと知っていてシーザーはそれしか求めることができない。言葉にしきれない感情が滴って視界をにじませ、下肢の感覚でガラス管が抜かれたのを感じた。伸ばした手にジョセフの指が絡まり、拒絶されなかったことに大きな安堵を覚える。ひくつく後孔に性器が押し当てられるのを感じてシーザーは安堵を浮かべた。
「……シーザー……!」
切ない声で名を呼ばれ、同時に身を貫く衝撃に体が震える。浅い呼吸に口を開けば塞ぐように唇が重なり、酸素ごと奪うように吸われた。慣らされた体は今までの分を埋めるように絡みつき、ジョセフの熱に触れて満たされていくのを感じる。遠慮なく揺さぶられてベッドがきしんだ。
すぐそこに迫った別離のために、シーザーはジョセフのすべてを記憶しようと必死に目を開く。これからの時間は思い出を抱いて生きていこうと決めていた。
言われた言葉をすぐには理解できず、シーザーはぽかんと口を開いた。さんざんに喘がされた喉はひりつき、咄嗟にうまく声を出せない。だいたい、存分にいじめ抜かれて意識を飛ばしたシーザーが目を覚ましたのはほんの数分前で、まだ頭がはっきりしないのに爆弾を落とされてはろくに思考もまとまらない。大きく呼吸してからもう一度挑戦すると今度はなんとか声になった。
「……今、なんて言ったんだ」
「ちゃんと聞いてろっての。新居は決めたから、早く引っ越しちゃってねン」
先ほどと同じ内容をぞんざいに繰り返したジョセフは通学鞄の中を漁っている。かろうじて身を起こしたものの、ベッドから立ち上がれそうにないシーザーはその背中に困惑した視線を投げた。少し考えてみてもどういうジョークかわからない。ジョジョ、と呼びかける声はまだかすれていた。
「すまない、それはどういう意味だ?」
「どうもこうも、わかんねェの?」
軽い動きで振り向いたジョセフはなにかを投げて寄越す。鞄の中から取り出したらしいそれはシーザーの手に着地してちゃりんと音を立てた。小さな金属はどう見ても鍵の形をしていてシーザーの眉が寄る。そういえば、女子生徒に託された鍵も荷物も室内には見当たらない。ジョセフが運んでおいてくれたのだろう、とシーザーは見当をつけた。
「それ、合鍵だから。二人で住むにはちょっと狭いかもしんねぇけど」
「……待て、ジョジョ」
簡潔に言うだけで鞄から今度は地図を取り出そうとしているジョセフを制する。シーザーにはなんだかわからないままだったが、言われた言葉を解釈して確認するとジョセフはいちいち頷いた。渡された鍵はここから遠くないところにあるマンションの一室のもので、そこに契約したから早く引っ越せということらしい。ちゃんと学校から近いところを選んだんだぜ、と誇られて頭が痛かった。最後に、二人で住むってどういうことだ、と問いかけるとジョセフはきょとんと目を見開く。図体は一人前のくせ、そんな仕草が妙に似合うのだから厄介だった。
「おれとシーザーが住むんだよ。当然だろ?」
「当然じゃねえ……。おまえ、何考えてるんだ」
疑問を持っていないように言い切られてシーザーの肩が落ちる。振り返ったジョセフはデスクの横の椅子に掛け、「シーザーには言ってなかったけどさァ」と明るく口を開いた。
「おれ、社長になるから。起業して、大金持ちになるつもり」
「……は? 起業って、大学はどうするんだ」
「行かねえよ。しばらくはスピードワゴンのじいさんのとこで働くことになってる」
ジョセフが持ちだした名前はシーザーでも知っているほどの有名人であり、高校生が語るとは思えないスケールの大きな話に理解が追いつかない。諦めて淡々と事実を受け入れることにしたシーザーは「そうか」とだけ返した。確かに、ジョセフがまとうオーラは他人とは少し違う。こいつならなにをやっても成功するだろうな、とぼんやりと考えた。
しかし、彼が起業するという話と手の中の鍵がどうにも噛み合わない。もう一度問いかける前にジョセフが立ち上がり、ベッドの上のシーザーの頬を両手で包んだ。
「――さすがに今すぐはシーザーちゃんを養えないけど、絶対迎えに行くから。それまでおれの目の届くとこにいろよ」
真摯な瞳でささやかれ、シーザーの体はぴたりと固まった。
心臓すら止まったように思ったのに次の瞬間からばくばくと音を立てて鼓動を刻み始め、体温が一気に上がるのがわかる。何か言わなくてはならないと思う一方で言葉が何も出てこない。無為に唇を動かすだけでなにも言えないシーザーをジョセフがじっと覗きこんでいた。
「……お、おまえ……それ、どういう意味か、わかって」
「あのなあ、こんなこと考えなしにやるかよ。シーザーこそわかってるゥ? おれ、プロポーズしたんですけど」
「……〜〜ッ!」
はっきりと言われてシーザーは再び言葉を失う。意味もなく視線をさまよわせるが、咎めるように頬の痣をなぞられておそるおそる目を合わせた。顔が赤くなっている自覚があったから見てほしくないのに、ジョセフの視線はあやまたずシーザーを射る。思考が沸騰して、まともにものを考えられる気がしなかった。
「……おまえ、おれのこと好きだったのか?」
「ハァ? なに言ってんの、惚れてなきゃ男なんか抱けねえよ」
呆れたような言葉はもっともであり言われたシーザーは納得するしかない。しかし、ジョセフから告白めいた言葉を聞いた記憶はなく、不安に感じるのも仕方ないだろうと思ってしまう。何度も体を重ねるくせジョセフはいつも飄々と去るだけで、だからこの関係は暇つぶしでしかないのだろうと思っていた。からかえそうな相手がいたから、ついでに性欲を発散しているのだけなのだと。
「まァ、ここんとこほっといてたのは悪かったけどよ。大学行かねえって言ったら周りに反対されて、説得すんのに時間かかっちまった」
そのときのやりとりを思い出したのか、ジョセフが軽く息をつく。しばらく姿を見せなかった間に彼は自分とともに暮らすための準備をしていたのだと知り、シーザーは気恥ずかしさに唇を結んだ。周囲に反対されながらもシーザーに続く道を選んだジョセフの決意はもう疑うべくもない。
自分だけが溺れて、いつ彼が離れていくのかと怯えていたシーザーの頭のうちにはジョセフが想いに応えてくれるという可能性ははじめから存在しなかった。予想もしない出来事に弱いのはシーザーの昔からの性質で、せっかくのジョセフの言葉にも驚きがまさって喜べるだけの余裕がない。嬉しい、はずなのだが現実味がなさすぎて咄嗟に否定したくなる。考え直せと言われる前にジョセフは「なあ」と顔を上げさせた。
「シーザー。好きだ」
初めて聞く告白にシーザーは目を開く。何も言わせず、そのまま唇が交わされてやっと彼の胸に喜びが落ちた。
ずっと焦がれていた相手が手を伸ばしてくれた。それも、一生という契約付きでだ。たとえこの言葉がのちのち反故になったとしてもかまわなかった、今この瞬間、ジョセフの思いがシーザーにあることを知れただけでこれ以上望むものはない。保証のない関係にすりきれかけていた彼の胸をやわらかい気持ちが埋めた。
静かに遠ざかることばかりを考えていたシーザーの目尻を水滴が伝う。都合のいい夢を見ているのではないかと疑うが、跳ねる鼓動の熱さがいやにリアルだった。春を越えても彼の隣にいることを許されるのだと思うと触れる体温にいとおしさが増して、目を閉じ全身で追いかける。頬に触れていたジョセフの手が落ちてシーザーの手に添えられ、握った鍵がじわりと熱を帯びた気がした。