そういうミステリー・解決編

 ヴェネチアからエア・サプレーナ島に向かって漕ぎ出した途端、シーザーはひったくるように自身のメガネを外した。乱視の度数がそれほど強いものではなく、まったく見えないというわけでもないためにかえって目の疲労は大きくなったらしい。ぐったりと力を抜く彼は少々かわいそうだが、そのメガネをかけた状態では手当たり次第に女性を口説くことはできず、おかげで午後の買い出しは非常にスムーズだった。薬の影響が残る彼に漕ぎ手を押し付けるほどジョセフは非情ではなく、簡素な背もたれに身を預けるシーザーを胸の内で気遣いながら舟を操る。リサリサの館にたどり着くころ、遠くで雷が鳴っていた。

 そのメガネかけてりゃ平気なんじゃねえの、とジョセフは気楽に言ったが、シーザーは館の女性たちに会うことを頑なに拒んだ。本島で道行く女性たちに惚れなかったのは初対面の相手だったからで、顔見知り相手でも恋に落ちないという保証はないだろうと真面目な顔で言われてはジョセフには言うことはない。恋は盲目とはよく言ったもので、薬のせいとはいえ生活を共にする相手におかしなことを口走ってはその後の気まずさにとても耐えられないのだろう。
 もともとリサリサと顔を合わせることは少ないが、館中の雑事をこなすスージーQを避けるのは難しく、彼女の仕事の邪魔をしないためにもシーザーは夜が明けるまで自室にこもることを選択した。そうかよ、と言って割り当てられた部屋に戻ったジョセフが自分の部屋にいたのはほんの数分で、すぐ隣のシーザーの部屋をノックする。買ってきた荷物を師範代に指示されながら片づけ、シャワーを浴びたものの本来一日中続く修行がなくなったことでどうにも時間を持て余した。火の始末をするから今日は早めにご飯食べちゃってね、とスージーQに言われて食事も済ませたが、常よりよほど早い時間に自室に引き上げたところで娯楽のない館では暇をつぶす方法もない。それはシーザーも同じだったようで、さして渋ることもなく扉が開いた。

「……何か用か」
「そういうわけじゃないんだけどォー。嵐の夜ってなんかワククワするじゃん? どうせお前も暇してるんだろ、部屋に入れてくれよ」

 軽い調子で頼んでみるとあっさり頷かれる。一人用の部屋には余分な椅子はなく、ジョセフは大きなベッドに腰掛けた。リサリサの見立て通りこの小島は嵐に包まれていて、重厚な造りの壁を通しても激しい風の音が聞こえる。窓に打ち付ける雨音に意識を向けていたところ、不意にベッドが軋んでジョセフは驚いた。
 隣を振り向けばやけに近い距離にシーザーが座っていて、そういやこういうやつだったとジョセフは思い出す。女性の手を取ったり抱きしめたりするのが習い性になっているせいか、彼は驚くほど距離を詰めてくることがあった。拒絶するほど嫌なわけではないが、案外パーソナルスペースの広いジョセフはそのたびにどこか落ち着かない思いをする。向精神薬のせいで落ち着かないんだ、と訴えていたのはシーザーのはずなんだけど、と腑に落ちない気がした。
 そんな風にごく近くに腰掛けたシーザーは、「これ」と言って片手を差し出した。ん、と覗きこむとその手には昼間に活躍したメガネが乗っており、ジョセフは意図がわからなくてぱちくりと瞬かせる。

「なにこれ」
「返す。お前の金で買ったもんだろ」
「……あー、まあそうだけどねェ」

 確かにそのメガネの代金はジョセフが手持ちから払ったのだが、目が悪いわけでもない彼は返されたところで使い道もない。ひょっとしてシーザーはメガネを返したかったから、無為に訪れたジョセフを部屋に入れたのだろうか。その石頭さはもう笑うしかなかった。

「おめー、ほんっと生真面目だよなァ。じゃ、ありがたく返してもらって……と」
「……っおい、何しやがる!」

 メガネを受け取ったジョセフはそれを手の中で広げ、すぐ横に座るシーザーの顔にかけさせてしまう。当然抵抗にあうが、「おれのなんだから大切にしてよネン」と言われてしまえば律儀なシーザーは乱暴にもぎ取ることも出来ない。彼の悔しそうな顔を正面から覗きこんで、ジョセフは満足気に笑った。

「ほーんと、シーザーちゃんったらメガネ似合ってるー!」
「……馬鹿にしてんのか。これかけてたら自分じゃ見えねえっての」
「ほんとよォン? いつもの3割増しでかっこいいぜ」

 居心地悪そうにメガネに手をやるシーザーにからかい半分の言葉を向ける。不意に反射して白く光るレンズを見ながら「おれ、おめーの顔好きなんだよなあ」と言ったのは無意識だった。鼻で笑ったシーザーが「そういうのはシニョリーナに言ってやるんだな」と軽くあしらう。シニョリーナ、という言葉に反応して昼間の出来事が思い出された。

「……やっぱ、今日はこの島出ないほうがよかったと思うなァ。おれ、ヴェネチアでハラハラしっぱなしだったんだぜ」
「なんだそれ。……ああ、出がけによろけたことを言ってるのか? あれは確かに不注意だったが、そのあとは平気だっただろう」
「ちげーよ、おれがハラハラしてたのはおめーが誰かに惚れちまわないかってこと」
「そんなにおれがシニョリーナと一緒にいるのが嫌だったのか? ……その、今日は悪いことしたな」
「うーん、それも嫌なんだけど、なんつーのかな」

 言いながらジョセフは頭を掻いた。シーザーが女の子に片っ端から声をかけるのはいつものことだし、それにはうんざりするが今日感じたようにハラハラするものではない。自分の感情をどう表現したものか、珍しくジョセフの眉間にシワが寄った。隣に座るシーザーの視線が向けられているのを感じる。

「こう……薬のせいだってわかってるんだけど、シーザーが誰かに惚れたら嫌だなって思ってた」
「……へえ」
「そこらへんの女の子にシーザーを取られるんじゃあないかって、ヒヤヒヤしてたんだぜ」

 今日のシーザーはいつにもまして女性に甘く、彼が熱い視線を送る一人ひとりに惚れてやいないかとそのたびに肝が冷えた。そのときの苛立った感情を思い出してマスクの下で唇をとがらせる彼をじっと見つめていたシーザーは、何も言わないままにそっと手を重ねる。投げ出した手に他人の肌が触れる感覚に驚いてジョセフは勢いよく振り向いた。構わず、シーザーの長い指が彼の指の間に入り込み絡まる。急に速度を増した拍動は、嵐という非日常に高揚しているために違いない。なに、と言う前にシーザーが見上げる姿勢で口を開いた。

「……お前、こうされて嫌か」
「嫌じゃあねえけど。なにがしたいわけ」
「……なあ、これはおれの推測だから、間違っていたら言ってほしいんだが」
「なんだよ」

 どうにも歯切れの悪いシーザーを訝しげに見つめる。男二人でベッドに並んで座って手を握って、何をしてるんだと思わないでもない。それでも嫌ではなかった。
 ためらうように口を何度か開閉させるシーザーは、やがて思い切ったように正面からジョセフを見据える。透明なレンズの奥から射抜く視線はたしかにジョセフに届いた。

「――お前、おれのこと好きなんじゃないのか?」

 シーザーの言葉にジョセフはただまばたきを繰り返すしか出来なかった。常はなめらかに回る口も吐き出すべき言葉が見つからず、その役目を放棄する。たっぷり五呼吸はおいてから、やっとくっついていた唇が動いた。

「……っちょっとシーザーちゃんなに言ってんのォ? 好き、とかそういう話じゃ……」
「そういう話だ。他の奴に取られたくないって思ったってことは、おれを独占したいんだろ? それが、好きっていうんじゃないのか」

 まっすぐなシーザーの瞳を見ていられなくて視線をそらした。身じろいだ拍子に、絡まったままの指先が意識される。案外パーソナルスペースの広いジョセフであったが、触れる彼の体温が不快でないことに気づいて息を止めた。
 途端に蘇るのは自分の下で甘く喘ぐシーザーの姿で、どうしてあのとき彼を抱けたのかずっと考えていた。疲れてたんだ、とか命の危機を感じているから、とかこじつけた理由はどれも薄っぺらく、ジョセフ自身納得できないでいた。
 昼間感じたもやもやの理由も謎で、シーザーが女性に対して愛想をふりまくのには慣れているはずなのに今日は焦りにも似た感情を抱いた。万一シーザーがどこかの誰かに惚れてしまったら、彼の一番が誰かに取られてしまったら、と思うと居ても立ってもいられなくて、躍起になってシニョリーナたちから引き離した。惚れるかよ、と笑ったシーザーの言葉が深く胸に食い込んだ理由も、きっとそうだ。そもそも彼をヴェネチアにやらないよう必死にリサリサに訴えたのも、自分以外の誰かと恋に落ちたらどうしようという恐怖に駆られていたからだった。

 理由の分からない感情と行動の意味は、たったひとつのピースを与えられただけで鮮やかな姿を現す。すべてに説明のつくピースの名前は「シーザーが好き」で、合理的な思考回路を持つジョセフはそれを簡単に受け止めた。

「……ああ、そういうこと……」

 謎は解けた。気の抜けたジョセフの呟きに胡乱げな視線が投げられるが、構わずに隣に座るシーザーに向き直る。つないだ手をほどくと一瞬彼の意識が逸れ、その隙に勢いよく押し倒した。派手にベッドが軋み、「なにしやがる!」と罵声が飛んだが気にしない。
 シーザーの顔の横に両肘をつき、「好きだ」と囁くと暴れる動きが止んだ。戸惑うように揺れる視線がこちらを見てくれないのがもどかしい。キスしてえな、と思うジョセフの口元は黒い金属に覆われている。しばし反応を待っても固まったように動かない彼に焦れて、なあ、とジョセフは促した。

「おれはお前のこと好きなんだけど。シーザーはどう思ってるわけ」
「……聞くな、スカタン」

 いつもは女性相手に情熱的な言葉を囁くというのに、正面から告白してもシーザーは目を伏せるだけで答えてはくれない。不意にするりと両手が持ち上がって、ジョセフを戒めるマスクに指がかかった。え、と思う間もなく弾かれるような衝撃とともに鋼鉄の拘束具が落ちる。片手で受け止めたシーザーはそれを軽く放り、床に落ちてカシャンと音が立った。
 リサリサを女神のごとく慕うシーザーが、彼女の言いつけに背いてまでもジョセフを甘やかしてくれる。それがなにを意味するのか、彼ほど駆け引きの経験が豊富ではないジョセフには確証が持てない。決定的な言葉は口にしない兄弟子の頬にキスを落とすと居心地悪そうに身じろがれ、照れなのか本心からの拒絶なのかも読み取れなかった。シーザーもおれのこと好きなはず、と決めつけたいが、それはただ己の願望を押し付けているだけのような気もして思い切れない。恋は盲目とはよく言ったもので、シーザーの一挙手一投足に全てがあるように思えてしまいジョセフの怜悧な思考も鈍る。ああくそ、と腹を決めた。
 マスクを外してくれたお礼にと、見慣れないメガネを少し乱暴に取る。反射的に目をつぶった隙に彼のシャツをまくりあげ、固い腹筋に手を這わせた。

「てめえ、なにして……ッ」
「シーザーちゃんたら好きって言ってくれないしィー? 薬が残ってるうちにこうしとけば、おれに惚れてくれるかもしんないだろ」
「……っこの、お前はなにもわかってな、ン!」

 噛み付くように騒ぐシーザーの唇をキスで軽く塞ぎ、下に伸ばした手で彼のボトムをゆるめていく。当然抵抗にあうが、ジョセフの方が体格で勝るうえ覆いかぶさっている状況では効果は上がらない。案外あっさりと開いた唇に舌を差し入れながら下着ごと下ろし、彼の性器を露出させると目の前の瞼が強く瞑られた。

「……こないだは口でしてもらったし? お返ししてやるよ、シーザーちゃん」
「ジョ……ッ! は、やめ……っ」

 片手で二三度しごいてから体をずらし彼の足の間に顔を寄せる。先端にキスを落としてから意を決し、充血し始めたそれを口に含んだ。男のを咥えるなんてどんな拷問だ、と思っていたはずなのにシーザーを愛撫することに抵抗はなく、好きって偉大だなあとジョセフはどこかのんきに考えた。
 2日前、シーザーはどんな気持ちで自分に触れていたのだろう。考えながら舌で裏筋を辿ると視界の中で内腿が震える。一度奥まで含んでからすぼめた唇を先端まで移動させると吐息が漏れた。固さを増す性器に満足気に目を細め、幹に舌を這わせながら亀頭を指で撫でると、仰向けに横たわるシーザーの顔は見えないが手で顔を覆っているのがわかった。慣れない愛撫でも感じてくれていることが嬉しくて、じゅぷじゅぷと卑猥な音が立つのにも構わず口淫を施す。とがらせた舌で尿道を責めれば泣きそうな声が上がった。

「ふ……も、ジョジョ……ッ」
「イっていいぜ、シーザーちゃん」
「……ぁ、イ……!」

 仕上げとばかりに先端に吸い付くと悲鳴のような声とともに手の中の熱が大きく震え、粘った液を吐き出す。青臭い味がいっぱいに広がり、ジョセフは顔をしかめながらもあふれる精をすべて口の中に受け止めた。あのときシーザーは全部じゃないけど飲んでくれたんだよな、と記憶を辿りながら射精後の余韻にひたる性器を唇から引きぬく。脱力したシーザーは呼吸を整えるのに必死のようだった。
 残滓も搾り出すように容赦なく数度しごくと、シーザーの立てた膝ががくがくと揺れる。はあ、はあという荒い息を心地よく聞きながら彼の足を抱えて思い切り開かせ、ジョセフは口内に溜まった白濁液を吐き出した。ぬるい温度のそれは達したばかりのシーザーの性器に垂れ、重力に従って奥まったところに伝う。肌に触れる感触に息を詰めたシーザーが咎めるように「ジョジョ……!」と名を呼んだが、無視して彼の後孔に指を押しこんだ。自身の精液とジョセフの唾液で濡らされたそこは抵抗を見せながらも健気に飲み込む。達したあとの倦怠感が支配する体に強烈な異物感が割り込み、シーザーの眦に生理的な涙が浮かんだ。潤いを中に広げるように指を重ねて挿入するときゅうきゅうと締め付けてくる。すでに知っているその先の快感を思ってジョセフは無意識に唇を舐めた。

「……おととい、気持ちよかっただろ?」
「あれは、薬のせい、で……」
「ふーん、なんでもいいや。おれはお前が好きだから、抱きたい」

 言い訳のように口にするシーザーに構わず、指を引きぬいて切っ先をあてがった。抜かれた感触にか触れた熱にか、一度その身を震わせるシーザーにのしかかるような体勢で瞳を覗き込みながら「……だめ?」と年下の特権を生かして甘えたように聞く。近づいた顔に気まずげに視線をそらす彼のどんな動きも見逃さないように目を凝らしていると、「……好きに、しろっ」とどこか捨て鉢な言葉が返った。

 すでに一度体を繋げた関係だというのにシーザーが甘い言葉を吐くことはなく、向けたのと同じだけの思いを返してもらえないジョセフには不満でたまらない。先ほど自身が口にしたとおり、惚れ薬の効果が抜けきる前になしくずしにでも抱いてしまえば好きになってくれるかも、と考え直して切っ先を少しだけ埋めた。熱いものが体を割り開く感覚にシーザーの瞼が強く閉じられる。負担をかけるのではなく、快感だけを与えれば求めてくれるだろうか。ひたすら優しくしようと決めてジョセフは焦れったくなるほどゆっくり腰を進めた。
 浅いところで抜き差しを繰り返し、シーザーの反応を探る。顔を隠そうとするからその腕を掴んで引き戻し、彼の表情を視界に収めた。突き上げられる動きに慣れないらしいシーザーは眉を寄せているが、かき回すように腰を使えば表情が緩む一瞬を見つける。数日前に受け入れたばかりのそこは早急な愛撫でもやわらかくほどけ、飲み込もうと貪欲に求めていた。

「ここ……だよ、な」
「……ッ、んん! やっ……」
「嘘つくなって。シーザーが感じてたところ、覚えてんだぜ」

 性器の裏側を狙って浅く穿つとシーザーはいやいやと首を振る。だが、そこをえぐられるとたまらなく感じていたことを知っているジョセフは気遣わずに責め立てた。性感に耐えるように吐息を漏らす彼の分身が快感の涙に濡れていることを確かに認め、こわばる体を無視して奥まで一気に腰を打ち付ける。
 串刺しにされた衝撃に声もないままシーザーの体がしなり、白い喉が照明にさらされた。熱い粘膜はジョセフの侵入を喜ぶように震え、好いた相手をこの手に抱いてジョセフはずっと大きな多幸感を知る。そのままシーザーの浮き上がる喉仏に歯を立てたい衝動をこらえてそのかわりに唇を合わせる。声も出ないのか、はくはくと開閉するだけだった彼の唇に舌をねじ込むと熱烈なキスを贈られた。
 本気で抵抗しない体だって絡まる舌先だってジョセフが好きだと叫んでいるようなものなのに、愛を囁くのに慣れたはずの兄弟子は睦言どころか告白の返事すらくれはしない。いい加減認めろよ、となんだか腹立たしい気分になったジョセフは、頑固な彼を口説き落とすためなら100万回でも言ってやる、と決意を固めた。

「シーザー……好き、好きっ」
「……、ふ……っ!」

 腰を振る動きの合間に、かろうじてキスにならないくらいのごく近距離で囁くとシーザーの瞳が揺れた。塗り込めた精液とジョセフの先走りに潤いを与えられ、シーザーの内壁はすっかり馴染んで絡みつく。固い腹筋に挟まれて彼の性器が跳ねるのを感じた。その反応に口角を上げながらここもよかったんだよな、と胸の粒をつまむと鼻にかかった声が漏れる。彼を包み込む粘膜の感触にジョセフはうっとりと息を吐いた。

「は……シーザーちゃんの中、すっげえ熱くて、きもちい」
「……るせえ、この……ッふ、スカタン……」

 あくまで憎たらしい口をきくシーザーに唇をとがらせ、ジョセフはほとんど押しつぶすように密着させていた体を離す。そのままシーザーの腰を両手でホールドし、遠慮なく腰を打ち付けた。

「……んあっ! いやだ、ジョジョ、激し……っ」
「ン、シーザー……好き、だっ」
「ひ、ん……!」

 埋め込んだ自身が抜け落ちそうなくらいまで腰を下げ、また限界を目指して奥を穿つ。うわごとのように好き、好きと繰り返すうちにあることに気づき、ジョセフははたと動きを止めた。激しい愛撫に必死に耐えていたシーザーは、不意に止んだ律動に不思議そうに視線を向ける。その熱っぽく潤んだ視線を堪能しながら、ジョセフは確かめるように呟いた。

「……シーザー、好き」
「……ッ」

 慌ててそらされる視線と組み敷いた体の反応に確信を抱いて、ジョセフはたちの悪い笑みが浮かぶのを止められなかった。好き、とジョセフが口にする度にシーザーの内側がきゅうと反応する。男の性器を飲み込んだために収縮するのだと思っていた反応が、実は自分の言葉によって生じていたと知って笑みがこぼれるのを抑えられない。シーザーはといえば、赤い耳をしたまま頑なに顔を背けていた。

「……なあシーザー、今の」
「…………」
「も、かーわいー。好きって言われるときゅんってしちゃうんだ」
「う、るせ……!」
「……ほーんと、おれのこと好き、でしょ」
「んぅ、ジョジョ……!」
「なあ、好きって言えよ」
「っあ……!」

 認めないシーザーに焦れたジョセフは苛立ちのままに彼の首筋に顔を寄せ、きつく吸い付く。白い肌にくっきりと残る鬱血に少しだけ満足して口の端を上げた。跡を残されたシーザーは睨むように見上げるが、穿つ動きを再開させると開きかけた口から甘ったるい声が漏れる。彼は恥じるように唇を噛むから、「声、聞かせて」と低い声で吹きこむと素直に唇が開いた。
 こんなにもジョセフを求めているシーザーなのに彼が望む言葉は決して発してくれないことに違和感を覚えるが、戯れのように「好き」と囁くたびうごめく内壁に思考が吹き飛ばされる。跡が残るほど強く抱えていた腰から手を離し、ジョセフはシーザーの性器に指を伸ばした。
 挿入してから明確な愛撫を施されていないそこは凝る熱に震え、腹につきそうなほど反り返っていた。がちがちじゃん、と揶揄する言葉とともに軽くしごくと如実に反応した後孔に絞られる。尿道を駆け上がりそうになる射精感をこらえて、性器を責める動きは休めないまま深くえぐると濡れた声が鼓膜を叩く。好き、と繰り返すジョセフと、甘く喘ぐシーザーは互いの声に興奮しているのを自覚した。

「シーザ、好き、好き……っ」
「っ、ひ、ふあ……っ」
「シーザー……ッ」

 左の肘をシーザーの顔の横について伸ばした舌で唇を探る。深い口付けにも体が反応して、手の中で彼の分身が跳ねるのを感じた。ジョセフの首筋に腕を回したシーザーがぎゅうと引き寄せてもっと、とねだる。興奮に乱れた呼吸を整えるためわずかに唇を離すと蕩けた瞳と視線が合った。「好き」と何度目かになるかわからない言葉を繰り返すと彼の金色のまつげが震える。うっすらにじんだ涙を吸い、重そうに揺れているのも見える距離だった。
 愛を囁かれるたびたまらないという風に収縮を繰り返すシーザーにジョセフの性感は高まりっぱなしで、彼の体を堪能したいがために重ねていた我慢も限界にきている。優しくしよう、と決めたはずなのにがつがつとむさぼってしまっているほどだ。せめて気持ちよくなってもらおう、と彼を苛む手は休めない。シーザーの肩口に頭を埋めて激しく腰を振った。

「シーザー、ほんと、好き……!」
「あ、も……! ……ジョジョ、ふ、あ…………好き、だ!」
「……っ!」

 あれほど欲しかった言葉が不意に落ちて、ジョセフは耐えていたものが決壊するのを感じた。声が耳から脳を揺さぶり、なにか考える前に体が反応する。やべ、と思う間もなくジョセフは達した。どくどくと体内で脈打つ熱を感じながらシーザーも彼の手の中に精液を吐き出す。
 しばらくはなにか言うこともかなわず、二人分の荒い呼吸だけが静かになった部屋に落ちた。


★☆★☆★


「……あのさあ、それならそうと言ってくんねえかな」
「なにか言う前に襲ってきたのはてめえだろ!」

 さまざまな液体で汚れた体を洗い、シーツを替えたベッドの上で二人は向かい合っていた。分の悪さを感じたジョセフは長い足を折り曲げ、窮屈そうに端座している。「おれのこと好きなのに、なんで言ってくれなかったわけ」と問い詰めたジョセフにシーザーが「薬を飲んだから、だ」と答えたのは数分前だ。惚れ薬を飲んだ状態ではいくら恋情を口にしたところで説得力などあるはずもなく、薬のせいにしたくなかったから言わなかったんだと答えられればジョセフは反駁する言葉を持たない。それどころか「好きって言えよ」なんて強制するように言ってしまったことを思い出して、いたたまれなさに視線が落ちた。
 しかし、薬による妄言だと思われたくなかったから言わなかったということは、それだけシーザーの思いが真摯だということである。釈明する暇も与えないままなし崩しに持ち込んでしまったことは申し訳なく思うが、反省するふりをしながらもジョセフはニヤニヤ笑いが浮かんでくるのを抑えられない。頬が緩みっぱなしの彼をひっぱたくシーザーにも本気で怒っている様子はなかった。
 「ほーんと、シーザーはおれのこと好きよネン」と言いながら彼を抱きしめると腕の中から「……お前もだろ、ジョジョ」と声が返る。そんなシーザーに撃ちぬかれたジョセフがもう一回戦申し込み、忌々しいマスクを強制的に嵌められるのはそのすぐあとのことだった。



 翌日。

「惚れ薬? ああ、あの向精神薬か。確かに惚れ薬としても使えるが、すでに惚れた相手がいる奴には効かんぞ」

 と、彼に薬を飲ませた張本人である師範代に言われたシーザーは一瞬言葉を失った。さらに「ところで、お前は薬のせいで誰かに惚れたのか」と聞かれては曖昧な言葉を返すことしか出来ない。さして訝しんだ様子もなく、修行に張り切る師範代を見ながらシーザーは額に手を当てた。

(マンマミーヤ……それじゃあ、最初っからあの薬は効き目がなかったんじゃねえか)

 シーザーがジョセフへの恋心を自覚したのは実に昨日、二度目に抱き合った夜だ。気づいたのはジョセフに最初に「好きだ」と言われて心臓が跳ねた瞬間だったのだが、その後朝までかけて記憶を辿ると恋情が芽生えたのはずっと前だということに思い至った。
 なぜ気づかなかったのかといえば理由は簡単で、シーザーには今まで同性の友人と言える存在がほとんどいなかった。そのため、ジョセフに抱く感情はすべて初めての親友に向けるものだと決めつけていたのである。シニョリーナに求められれば応えるが、自ら愛を傾けた経験がないことも影響していただろう。
 親愛だと思っていた感情に新しく恋というレッテルを貼ったのは数時間前だったとしても、それで思いの深さが変わるわけではない。だが「気づいてなかったがずっと好きだったんだ」と告げるのは恥ずかしすぎて、できることならジョセフには言わないでおきたかった。そのためには『薬を飲む前からジョセフに惚れていたから女性を見ても効果がなかった』ということは伏せておきたいわけで、この惚れ薬の効能について師範代たちに口止めをしておく必要があるだろう。いかに自然に言いくるめられるか、なかなか難しい勝負であった。

 シーザーがいつから自分に惚れていたのか、きっとジョセフには解けない謎になることだろう。そういうミステリーもあっていいさ、と仕返しのつもりでシーザーはこっそり笑った。